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アジャイルなのに生産性が上がらない…見落としがちな「プロセス負債」とは?

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変化に強いアジャイル開発。しかし、迅速性を追求するあまり、「プロセス負債」が蓄積していませんか?プロセス負債は、チームの生産性を低下させ、開発者の仕事満足度を蝕む、目に見えにくい問題です。

Gustavssonらが発表した論文 “Job Satisfaction at Risk: Measuring the Role of Process Debt in Agile Software Development” (2025) を基に、プロセス負債が仕事満足度に与える影響と、その対策を解説します。

あなたの開発チームは大丈夫?見過ごされがちな「プロセス負債」とは

プロセス負債とは、短期的な利益や効率性を優先した結果、長期的には非効率となるプロセスを意図的または非意図的に採用することで生じる、組織内の「見えない借金」のことです。目に見えにくいため、放置されがちですが、チームのパフォーマンスに深刻な影響を与える可能性があります。

技術的負債とは何が違う?

プロセス負債とよく似た言葉に「技術的負債」があります。技術的負債が、ソースコードの品質に関する問題(例:不十分な設計、リファクタリング不足)を指すのに対し、プロセス負債は、開発プロセスやチームの構造に関する問題(例:不適切なコミュニケーション、不明確な役割分担)を指します。

プロセス負債と技術的負債の違い

負債の種類説明主な影響対策の例
プロセス負債短期的な利益や効率性を優先した結果、長期的には非効率となるプロセスを意図的または非意図的に採用することで生じる、組織内の「見えない借金」スケジュールの遅延、バグの増加、モチベーションの低下、品質の低下プロセスの見直し、役割分担の明確化、コミュニケーションの改善、ドキュメント整備、インフラの改善
技術的負債ソースコードの品質に関する問題(例:不十分な設計、リファクタリング不足)保守性の低下、バグの増加、機能追加の困難化リファクタリング、コードレビュー、テストの自動化

プロセス負債が蓄積すると、現場はどうなる?

プロセス負債が蓄積すると、以下のような問題が発生します。

  • スケジュールの遅延: 不必要な作業や手戻りが増え、開発期間が長引く。
  • バグの増加: コミュニケーション不足やドキュメントの不備により、バグが発生しやすくなる。
  • モチベーションの低下: 非効率なプロセスや不明確な役割分担により、開発者のストレスが増加し、仕事への意欲が低下する。
  • 品質の低下: 上記の結果、最終的な成果物の品質が低下する。
  • 離職率の上昇: 仕事への満足度が低下することで、優秀な人材が流出するリスクが高まる。

仕事満足度を低下させる「5つのプロセス負債」を徹底解剖!

プロセス負債には、主に以下の5つの種類があります。あなたのチームに当てはまるものがないか、チェックしてみましょう。

スプリントが回らない!「プロセスの不適合性」

プロセスの不適合性とは、現在のプロセスがチームの状況や開発するプロダクトに合っていない状態です。アジャイル開発の原則に反するプロセスが残っている場合に、特に発生しやすくなります。

具体例:

  • アジャイル開発なのに、ウォーターフォール型の計画・承認プロセスが残っている。
  • スプリントの途中で仕様変更が頻発し、計画が台無しになる。
  • デイリースクラムが形骸化し、単なる進捗報告会になっている。
  • チームの規模や成熟度に合わない、複雑すぎるプロセスを適用している。

誰がやるの?責任者不在!「役割の負債」

役割の負債とは、チームメンバーの役割や責任が曖昧な状態です。誰が何をするべきかが不明確なため、作業の重複や漏れ、責任の押し付け合いが発生しやすくなります。

具体例:

  • 「スクラムマスターって、結局何をする人?」
  • 誰がどの機能を担当するのか分からず、作業が重複したり、抜け漏れが発生したりする。
  • プロダクトオーナーが多忙で、要求の優先順位付けや詳細化が遅れる。
  • 開発者、テスター、デザイナーなどの役割間の連携が不明確。

連携ミスで手戻り発生!「同期の負債」

同期の負債とは、複数のチームやメンバー間での連携がうまくいっていない状態です。情報共有不足やコミュニケーション不足が原因で、手戻りやスケジュールの遅延が発生します。

具体例:

  • 他チームが開発した機能との結合テストで、大量のバグが見つかる。
  • 営業部門からの要求と、開発チームの認識にズレがあり、手戻りが発生する。
  • 複数のチームが同じ機能を別々に開発してしまう。
  • リモートワーク環境で、コミュニケーションが不足している。

ドキュメントはどこ?情報不足!「ドキュメントの負債」

ドキュメントの負債とは、必要な情報がドキュメント化されていない、または古くて使えない状態です。必要な情報が不足しているため、開発者は過去のコードを読み解いたり、関係者に何度も質問したりする必要があり、作業効率が低下します。

具体例:

  • システムの仕様書がなく、コードを読まないと詳細が分からない。
  • 設計書はあるが、最新の変更が反映されていない。
  • 新しいメンバーが、開発環境の構築方法やコーディング規約が分からず、困ってしまう。
  • ドキュメントが複数の場所に散在しており、必要な情報を見つけにくい。

ツールが古い!効率ダウン!「インフラの負債」

インフラの負債とは、開発に使用するツールや環境が古かったり、不十分だったりする状態です。古いツールや不十分な環境は、開発者の作業効率を低下させ、バグの発生リスクを高めます。

具体例:

  • バージョン管理システムが古く、コンフリクトが頻発する。
  • CI/CD環境が整備されておらず、手動でデプロイ作業を行う必要がある。
  • テスト環境が不足しており、十分なテストができない。
  • 開発に必要なライブラリやフレームワークが古いバージョンのままになっている。

5つのプロセス負債

負債の種類定義具体例
プロセスの不適合性現在のプロセスがチームの状況や開発するプロダクトに合っていない状態アジャイル開発なのにウォーターフォール型の計画・承認プロセスが残っている、スプリントの途中で仕様変更が頻発する、デイリースクラムが形骸化している
役割の負債チームメンバーの役割や責任が曖昧な状態「スクラムマスターって、結局何をする人?」、誰がどの機能を担当するのか分からず作業が重複したり抜け漏れが発生する、プロダクトオーナーが多忙で要求の優先順位付けや詳細化が遅れる
同期の負債複数のチームやメンバー間での連携がうまくいっていない状態他チームが開発した機能との結合テストで大量のバグが見つかる、営業部門からの要求と開発チームの認識にズレがあり手戻りが発生する、複数のチームが同じ機能を別々に開発してしまう
ドキュメントの負債必要な情報がドキュメント化されていない、または古くて使えない状態システムの仕様書がなくコードを読まないと詳細が分からない、設計書はあるが最新の変更が反映されていない、新しいメンバーが開発環境の構築方法やコーディング規約が分からず困ってしまう
インフラの負債開発に使用するツールや環境が古かったり、不十分だったりする状態バージョン管理システムが古くコンフリクトが頻発する、CI/CD環境が整備されておらず手動でデプロイ作業を行う必要がある、テスト環境が不足しており十分なテストができない

【実証】プロセス負債は仕事満足度を下げる!研究結果を読み解く

本研究では、スウェーデンの2つのソフトウェア開発企業で働く191名を対象にアンケート調査を実施し、プロセス負債と仕事満足度の関係を調べました。

スウェーデンの2企業で大規模調査

この調査では、プロセス負債の5つのタイプと、仕事満足度(「私は自分の仕事にかなり満足している」など5項目)を、7段階のリッカート尺度で測定しました。

「プロセスの不適合性」と「役割の負債」の影響大

調査の結果、「プロセスの不適合性」と「役割の負債」が、仕事満足度と強く関係していることが分かりました。これらのプロセス負債は、開発者の自律性や達成感を損ない、ストレスを増大させる可能性があります。

一方、「同期の負債」、「ドキュメントの負債」、「インフラの負債」も仕事満足度と負の相関を示していますが、「プロセスの不適合性」と「役割の負債」ほど強い相関は見られませんでした。

5つのプロセス負債タイプと仕事満足度の間の相関係数

仕事満足度プロセスの不適合性役割の負債同期の負債ドキュメントの負債インフラの負債
仕事満足度1-0.566***-0.487***-0.384***-0.367***-0.313***
プロセスの不適合性10.565***0.604***0.568***0.562***
役割の負債10.590***0.455***0.345***
同期の負債10.506***0.433***
ドキュメントの負債10.496***
インフラの負債1

* p < 0.05, ** p < 0.01, *** p < 0.001.

プロセス負債を解消!仕事満足度を高める3つのステップ

プロセス負債を解消し、仕事満足度を高めるためには、以下の3つのステップで取り組むことが重要です。

1. まずは見える化!プロセス負債を洗い出す

まずは、チームにどのようなプロセス負債が存在するのかを明らかにしましょう。プロセス負債は目に見えにくいため、意識的に可視化することが重要です。

  • アンケート調査: メンバーに、5つのプロセス負債に関する質問に回答してもらいます。(本論文のアンケート項目を参考に)
  • ワークショップ: チームで集まり、現在のプロセスに関する問題点や改善点を話し合います。
    • 付箋を使ったブレインストーミング: 問題点を付箋に書き出し、種類ごとに分類する。
    • KPT法: Keep(良かったこと)、Problem(問題点)、Try(試したいこと)の3つの観点から、プロセスを振り返る。
  • プロセス分析ツール: プロセスの実行状況を可視化するツール(例:バリューストリームマッピング)を活用します。
  • 個人面談: 上司やスクラムマスターが、メンバーと1対1で話をし、日々の業務で感じている問題や不満を聞き出す。

2. 優先順位を付ける!影響度と緊急度で判断

洗い出したプロセス負債の中から、どれを優先的に解消すべきかを決めます。全ての問題に一度に対処することは難しいため、優先順位を付けることが重要です。

  • 影響度: チームの生産性や仕事満足度に、どれだけ大きな影響を与えているか?
  • 緊急度: どれだけ早く解消する必要があるか?(例:納期が迫っているプロジェクトに影響を与えているか?)
  • 実現可能性: どれだけ容易に解消できるか?

影響度、緊急度、実現可能性の3つの観点から総合的に判断し、優先順位を決定しましょう。

3. 負債を解消!具体的なアクションプラン

優先順位の高いプロセス負債から、具体的な解消策を実行します。

  • プロセスの不適合性:
    • スプリントの長さを適切に設定する。
    • デイリースクラムのやり方を見直す(例:時間、参加者、目的)。
    • カンバンを導入して、作業の見える化と流れの改善を図る。
    • ユーザーストーリーの作成方法を見直す。
  • 役割の負債:
    • 役割分担表を作成し、各メンバーの役割と責任を明確にする。
    • プロダクトオーナーの役割と責任を明確にする。
    • スクラムマスターの育成に力を入れる。
    • チームビルディングの機会を設ける。
  • 同期の負債:
    • チーム間のコミュニケーションを密にする(例:合同の朝会、合同のレトロスペクティブ、合同の計画会議)。
    • 共通のツール(例:Slack、Teams、Confluence)を活用して、情報共有をスムーズにする。
    • 結合テストの頻度を上げる。
    • クロスファンクショナルチームを編成する。
  • ドキュメントの負債:
    • 必要なドキュメントを洗い出し、優先順位を付けて作成・更新する。
    • ドキュメントの作成・更新プロセスを確立する。
    • ドキュメントのテンプレートを作成する。
    • ドキュメントの検索性を高める(例:タグ付け、全文検索)。
  • インフラの負債:
    • バージョン管理システムを最新のものに更新する。
    • CI/CD環境を整備する。
    • テスト環境を拡充する。
    • 開発に必要なツールやライブラリを最新の状態に保つ。

まとめ|プロセス負債の管理はアジャイル開発の成功に不可欠

プロセス負債は、アジャイル開発の現場に潜む「見えない借金」です。放置すると、チームの生産性を下げ、メンバーの仕事満足度を奪い、最終的にはプロジェクトの失敗につながる可能性があります。

しかし、プロセス負債は、早期に発見し、適切に対処すれば、必ず解消できます。まずは、あなたのチームのプロセス負債を見える化することから始めましょう。そして、優先順位を付けて、計画的に解消していくことで、より健全で生産性の高いチームへと成長できるはずです。プロセス負債の管理は、アジャイル開発を成功させるための重要な要素であることを忘れないでください。


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参考資料: