AIで開発体験はどう変わった?800人の2年分ログが示す開発生産性の真実
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GitHub Copilotなどの導入が進む中、現場では「AIで本当に楽になったのか?」「逆に忙しくなっていないか?」という議論が絶えません。導入効果を測る際、開発者の「個人の感想」だけでなく、実際の「行動ログ」まで分析したデータは意外と少ないのが現状です。
本記事では、JetBrains Researchとカリフォルニア大学の研究チームが発表した論文「Evolving with AI: A Longitudinal Analysis of Developer Logs」(2026年)に基づき、AIツールの長期的影響を解説します。
生産性の真実:圧倒的な「記述量」の増加
本研究は、JetBrains製のIDEを使用する800人のプロフェッショナル開発者を対象に、2022年10月から2年間にわたる1億5,000万件以上の操作ログを分析した大規模な調査です。調査対象は、AIアシスタントを継続利用した「AIユーザー」400名と、期間中に一度も使用しなかった「非AIユーザー」400名に分けられています。
研究チームは、IDE内での「タイプされた文字数」を生産性の活動量の指標として分析しました。その結果、AIユーザーは非AIユーザーに比べて、文字入力の増加ペースが圧倒的に速いことが判明しました。非AIユーザーの文字入力数が月あたり平均75文字の増加にとどまったのに対し、AIユーザーは月あたり平均587文字も増加していました。
図表1(a):生産性に関する調査結果(62名のAIユーザーへのアンケート) 82.3%が生産性向上を実感。
図表1(b):生産性に関する調査結果(ログ) AIユーザー(緑線)は非AIユーザー(紫線)に比べ、タイプされる文字数が急激に増加している。
このデータは、AIの支援により、コードを生成・記述するスピードが物理的に加速していることを裏付けています。開発者の「生産性が上がった」という実感は、この圧倒的なアウトプット量の増加に支えられていると言えるでしょう。
コード編集の実態:「書いては消す」サイクルの加速
生産性が上がり、コードを大量に書けるようになった一方で、開発者の負担は減ったのでしょうか?「削除操作(バックスペースやデリートキーの使用)」のログから見えてきたのは、意外な実態でした。
ログ分析の結果、AIユーザーは非AIユーザーに比べて、「削除操作」を行う回数も劇的に増加していました。 非AIユーザーの削除回数が月あたり平均7.6回の増加であるのに対し、AIユーザーは月あたり平均102回も増加しています。
図表2(a):コード編集に関する調査結果(62名のAIユーザーへのアンケート) 約半数が変化なしと回答。
図表2(b):コード編集に関する調査結果(ログ) AIユーザー(緑線)の削除操作回数は、非AIユーザー(紫線)に比べて有意に増加している。
この結果は、AI導入後の開発フローが「AIが生成したコードをそのまま使う」単純なものではないことを示唆しています。実際には、「AIに大量のコードを生成させ、人間がそれを検証し、不要な部分や誤りを大量に削除・修正する」 というプロセスが頻繁に発生しているのです。開発者は以前よりも活発に、生成と選別を繰り返すワークフローへと移行しています。
コード品質とデバッグ頻度の変化
AIが書いたコードの品質については、開発者の間でも意見が分かれるところです。アンケートでは約半数(48.4%)が「コード品質が向上した」と回答しており、ネガティブな意見は少数派でした。
しかし、「デバッグセッションの開始回数」をコード品質の客観的な指標として分析すると、少し異なる景色が見えてきます。AIユーザーのデバッグ頻度は2年間で横ばい(有意な変化なし) である一方、非AIユーザーはわずかに減少傾向にありました。
図表3(a):コード品質に関する調査結果(62名のAIユーザーへのアンケート) 品質向上を感じる人が多い。
図表3(b):コード品質に関する調査結果(ログ) AIユーザー(緑線)のデバッグ頻度は横ばいだが、非AIユーザー(紫線)は減少傾向にある。
これは、AIを使ってもバグ修正やデバッグの手間が劇的に減るわけではないことを示しています。開発者は「AIのおかげで品質が上がった」と楽観的に捉えていますが、実際の作業としてデバッグが不要になったわけではありません。AIが生成したコードに含まれる微細なエラーや、統合時の不整合に対処するために、依然として一定のデバッグ作業が必要とされています。
「AIがあれば検索不要」は本当か?コンテキストスイッチの検証
「IDE内でAIが質問に答えてくれるなら、ブラウザで技術情報を調べる手間(ウィンドウ切り替え)は減るはずだ」という期待がありました。実際、アンケートでも21%の開発者が「コンテキストスイッチ(作業の切り替え)が減った」と回答しています。
しかし、ログ分析の結果は予想を裏切るものでした。AIユーザーのウィンドウ切り替え回数は、減少するどころか微増(月あたり+6.4回) していました。対照的に、非AIユーザーは減少傾向(月あたり-7.6回)を示しています。
図表4(a):コンテキストスイッチに関する調査結果(62名のAIユーザーへのアンケート) 意見が分かれている。
図表4(b):コンテキストスイッチに関する調査結果(ログ) AIユーザー(緑線)のウィンドウ切り替え回数は微増している。
このデータから、AIは外部リソース(Web検索など)の完全な代替にはなっていないことがわかります。むしろ、AIによって開発活動全体が活性化し、検証や調査のために外部情報も頻繁に参照するような、マルチタスク的な働き方が維持・促進されている可能性があります。
結論
AIツールの導入は、開発プロセスを単なる「コードの記述」から、生成されたものを確認・修正する「検証と編集」中心のプロセスへと再構築しつつあります。これは開発者が明確には自覚しにくい、静かな変革です。
「AIを使えば楽ができる」というのは一面的な見方に過ぎません。実際には、大量に生成されるコードをいかに効率よく検証し、取捨選択できるかという「編集者的なスキル」が、これからのエンジニアの生産性を左右する鍵になるでしょう。開発者は、AIを単なる自動化ツールとしてだけでなく、自身の作業密度を高めるパートナーとして理解し、うまく付き合っていく必要がありそうです。
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参考資料: