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AIはジュニアエンジニアのスキル低下に繋がる?Anthropicによる研究結果

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生成AIの普及に伴い、企業では生産性向上への期待が高まる一方で、「AIツールを使うことで若手社員が育たなくなるのではないか」という懸念も広がっています。業務効率化のためにAIに頼ることで、本来身につけるべき基礎的な理解や、トラブルシューティングに必要な問題解決能力が失われてしまうリスクはあるのでしょうか。

本記事では、Anthropicの研究者であるJudy Hanwen Shen氏とAlex Tamkin氏が発表した論文「How AI Impacts Skill Formation」(2026年)に基づき、AI支援が新しいスキルの習得に与える具体的な影響と、成長を止めないための賢い活用法について解説します。

AI導入の落とし穴:初心者の学習理解度は17%低下する

本研究では、1年以上のプログラミング経験があるが「Python Trio(非同期プログラミングライブラリ)」は未経験である52名の参加者を対象に、ランダム化比較試験を実施しました。参加者は2つのグループ(AI支援あり群・なし群)に分けられ、この新しいライブラリを使用したコーディングタスクに取り組みました。その後、デバッグ能力やコード読解力、概念理解を問うテストを行い、スキルの習得度を測定しました。

タスク完了時間は変わらず、理解度だけが下がる

実験の結果、衝撃的な事実が明らかになりました。AIアシスタント(GPT-4oベース)を使用したグループは、使用しなかったグループに比べて、事後のスキル評価テストのスコアが平均で約17%(4.15ポイント)低かったのです(図表1)。

また、一般的に期待される「生産性の向上(時短効果)」についても、本実験では明確な効果が見られませんでした。AIを使用したグループは、コードを自分で書く時間を短縮できたものの、プロンプト(指示文)の作成やAIが生成した回答の読み込みに時間を費やしたため、全体のタスク完了時間には統計的に有意な差が生じませんでした。

図表1:タスク完了時間とクイズスコアの比較 タスク完了時間とクイズスコアの比較 左側のグラフはタスク完了時間(有意差なし)、右側のグラフはクイズスコア(AIなし群の方が有意に高い)を示しています。

なぜスキルが身につかないのか?「自力で悩む時間」の喪失

AIを使用することで、なぜこれほどまでに学習効果が低下してしまったのでしょうか。研究チームは、参加者の作業画面の録画記録を分析し、その原因を探りました。

コードを書く時間の減少と「外部への委任」

定性分析の結果、AIを使用した参加者は、実際にコードを自分で書く「Active Coding(能動的なコーディング)」の時間が極端に短いことがわかりました。

図表2は、能動的なコーディング時間とテストスコアの関係を示しています。青色のドット(AIなし群)は右上に多く分布しており、時間をかけてコードを書いた人ほど高いスコアを獲得しています。一方、オレンジ色のドット(AIあり群)は左下に集中しており、コードを書く時間が短く、スコアも低い傾向にあります。

これは、AI利用者が「コードを書く」という認知的負荷のかかる作業をAIに委任(オフロード)し、自分はAIへの指示出しに終始してしまったためと考えられます。

図表2:能動的なコーディング時間とクイズスコアの関係 能動的なコーディング時間とクイズスコアの関係 横軸は能動的なコーディング時間、縦軸はクイズスコア。AIなし群(青)はコーディング時間が長くスコアも高い傾向にあります。

エラー解決という「学びの機会」の欠如

また、AIなし群の参加者は多くのエラーに遭遇し、試行錯誤しながら解決していました。この「エラーと格闘するプロセス」こそが、ライブラリの挙動や仕組みを深く理解するために重要でした。対照的に、AIあり群はAIが生成した正しいコードを貼り付けることが多かったため、エラーに遭遇する回数が少なく、結果としてトラブルシューティング能力(デバッグスキル)が十分に育まれませんでした。

成長する人としない人の境界線:6つのAI活用パターン

AIを使うと必ず学習効果が下がるわけではありません。本研究では、AIを使用した参加者の行動を分析し、6つのインタラクション(対話)パターンを特定しました。その結果、AIの使い方次第で、学習成果に大きな差が出ることが判明しました(図表3)。

図表3:6つのAIインタラクションパターンと平均スコア・時間 6つのAIインタラクションパターン 下段の3つ(赤枠)はスコアが低く、上段・中段の3つ(緑枠)は高いスコアを維持しています。

学習を阻害する「低スコア」パターン

以下のパターンに当てはまる参加者は、クイズスコアが平均40%以下と低調でした。共通しているのは「思考の放棄」です。

  1. AIへの完全委任(AI Delegation): コード生成のみを依頼し、出力結果をそのままコピペして提出する。最も早いが、中身を理解していない。
  2. 段階的なAI依存(Progressive AI Reliance): 最初は質問していたが、途中から諦めてAIに全て任せるようになる。
  3. 反復的なデバッグ(Iterative AI Debugging): エラーが出るたびに、内容を考えずにAIに貼り付けて修正を求める。

学習効果を維持する「高スコア」パターン

一方、以下のパターンでAIを活用した参加者は、65%以上の高いスコアを記録しました。これらは認知的な関与を維持している点が特徴です。

  1. 生成後の理解(Generation-Then-Comprehension): AIにコードを書かせた後、「なぜそのコードになるのか」を解説させるフォローアップの質問をする。
  2. ハイブリッドな解説要求(Hybrid Code-Explanation): コード生成と同時に、その仕組みの解説もセットで要求する。
  3. 概念的な探究(Conceptual Inquiry): コード自体は自分で書き、ライブラリの仕様や概念についてのみAIに質問する。

結論

本研究の結果は、AIによる業務効率化が、必ずしも個人の能力向上にはつながらないことを示唆しています。特に、未経験の業務や新しいスキルを習得しようとする段階において、安易にAIに「正解」を求めすぎると、深い理解や応用力が身につかないリスクがあります。

AI時代においてスキルを確実に習得するためには、以下の姿勢が重要です。

  • あえて自力で考える: 最初からAIに頼らず、まずは自分で考え、エラーと向き合う時間を設ける。
  • 「なぜ」を問う: AIにコードや回答を出力させた場合、必ず「なぜそうなるのか」という解説を求め、理解してから先に進む。
  • 概念理解に使う: AIを単なる「作業代行者」としてではなく、概念を教えてくれる「家庭教師」として活用する。

企業やチームのリーダーは、AIツールの導入にあたり、単にタスクの完了速度だけでなく、長期的な人材育成の視点を持ったガイドラインを策定することが求められます。


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参考資料:

Author: vonxai編集部

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