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CI/CDパイプラインの複雑性はビルドパフォーマンスにどう影響するのか?最新研究から学ぶ最適化戦略

公開日

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CI/CDは、現代のソフトウェア開発に不可欠ですが、多くのチームが「パイプラインの複雑化」と「パフォーマンス低下」のジレンマに直面しています。「ビルドがどんどん遅くなる」「些細な変更で失敗する」といった悩みは、決して他人事ではありません。

大規模なツール移行に踏み切るべきか、それとも日々の地道な改善を続けるべきか。

本記事では、デルフト工科大学が2025年6月に発表した研究論文「Evolution of CI Pipeline Complexity: Impact on Build Performance」に基づき、CI/CDパイプラインのパフォーマンス改善に関する、データに裏付けられた答えを探ります。

調査の概要:194のリポジトリから見えた現実

この研究は、Java、Python、JavaScriptなどで書かれた194の活発なオープンソースGitHubプロジェクトを対象に実施されました。分析では、各プロジェクトのCI/CDパイプライン(本研究ではGitHub Actionsに限定)の履歴データから、「ビルド時間」「ビルド成功率」「修正時間(失敗から次の成功までにかかる時間)」といった主要なパフォーマンス指標が、パイプラインの進化に伴いどう変化したかを追跡しています。

Step 1:基本の確認 - やはりパイプラインの「複雑さ」はビルド時間に影響する

まず、多くの開発者が直感的に感じているであろう「パイプラインの複雑さ」とパフォーマンスの関係から見ていきましょう。研究では、パイプラインのジョブ数やステップ数が増えるほど、ビルド時間が長くなるという明確な正の相関が確認されました。

図表1:パイプラインの複雑さとビルド時間の相関関係

対象相関係数(スピアマン)結論
ジョブ数 と ビルド時間0.37複雑になるほどビルド時間は長くなる
ステップ数 と ビルド時間0.40複雑になるほどビルド時間は長くなる

一方で、興味深いことに、複雑さとビルドの成功率や修正時間との間には、統計的に意味のある相関は見られませんでした。これは、パイプラインの複雑化がもたらす主なコストが、不安定さの増大よりも単純な実行時間の増加にあることを示唆しています。

Step 2:改善へのアプローチ - 「大規模移行」 vs 「日々の改善」

では、長くなるビルド時間にどう立ち向かうべきでしょうか。研究では、パイプラインの進化を2つのパターンに分け、その効果を比較しています。

ケース1:予測不能な「CIツール移行」という大改革

Travis CIからGitHub Actionsへ移行するといった大規模なツール移行は、必ずしもパフォーマンス改善の特効薬にはならないことが明らかになりました。

ツール移行の前後1ヶ月を比較すると、ビルド成功率は平均で18.71%向上したものの、ビルド時間は逆に平均31.11%も増加しています。下の表のように、プロジェクトによってはビルド時間が劇的に改善するケースもありますが、その結果は一様ではなく、予測が困難です。

図表2:CIツール移行イベントの前後におけるパフォーマンス指標

リポジトリ移行前移行後変化率 (%)
ビルド時間成功率ビルド時間成功率ビルド時間成功率
hiero-ledger/hiero-sdk-java1.863.74.472.0144.4413.05
deepspeedai/DeepSpeed2.085.21.690.0-20.05.63
平均値1.0175.781.5685.2831.1118.71

新しいツールへの移行には学習コストや初期設定のオーバーヘッドが伴います。ツール移行を検討する際は、期待されるメリットだけでなく、こうした潜在的なリスクも慎重に評価する必要があるでしょう。

ケース2:最も効果的だった「設定ファイルの継続的なメンテナンス」

驚くべきことに、本研究で最も劇的なパフォーマンス向上をもたらしたのは、大規模なツール移行ではなく、日常的に行われる地道なメンテナンスでした。

CI設定ファイル(例:.github/workflows/内のYAMLファイル)の変更前後1ヶ月を比較したところ、ビルド時間は平均52.9%、修正時間も平均40.1%という驚異的な短縮を記録しました。これは、継続的で小さな改善活動こそが、パイプラインの効率化に最も直接的に貢献することを示しています。

図表3:設定ファイル変更前後における平均ビルドパフォーマンス指標

変更前 (秒)変更後 (秒)変化率
ビルド時間0.680.32-52.9%
修正時間202.61121.41-40.1%
ビルド成功率(%)82.1883.892.1%

この結果は、パイプラインのパフォーマンス改善において、「何を」変えるかよりも「どう」変えるか、つまり進化のさせ方そのものが重要であることを強く示唆しています。

まとめ:最高のパフォーマンスは、日々の地道な最適化から生まれる

今回の研究結果は、CI/CDパイプラインのパフォーマンス管理において、明確で実践的な指針を与えてくれます。

  1. 最も効果的なのは「継続的な改善」: 大規模な改革よりも、設定ファイルを定期的に見直し、最適化し続ける日々の小さなメンテナンスが、ビルド時間と修正時間の大幅な短縮に直結します。
  2. 大規模なツール移行は慎重に: ツール移行は学習コストなどにより、かえってビルド時間を増加させるリスクを伴います。その効果はプロジェクトに依存するため、「銀の弾丸」ではないことを理解し、慎重な評価が不可欠です。
  3. 複雑化の主なコストは「時間」: パイプラインが複雑になるとビルド時間は着実に長くなります。パイプラインを設計する際は、不要なステップがないか常に意識することが重要です。

効率的で信頼性の高いCI/CDパイプラインを維持する秘訣は、一度きりの大改革にあるのではありません。パイプラインは組み立てたら終了ではなく、日々の開発プロセスの中で継続的に育て、最適化していく文化こそが、最高のパフォーマンスへの最も確実な道筋なのです。


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参考資料:

Author: vonxai編集部

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