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コードレビューの42%が説明不足。伝わる人が使う7つの説明術とは?

コードレビューで、レビュアー(レビュー担当者)として「この修正はなぜ必要なんですか?」とコード作成者から聞き返されたり、逆に作成者としてレビュアーの意図が汲み取れず、不毛なやり取りが続いてしまったりした経験はありませんか?質の高いレビューの鍵は、修正提案だけでなく、その背景にある「なぜ」を的確に伝える説明力にあります。
本記事では、南洋理工大学などの研究チームが発表した論文「Explaining Explanations: An Empirical Study of Explanations in Code Reviews」(2024年)を基に、データで明らかになったコードレビューにおける説明の実態と、明日から使える具体的な改善策を徹底解説します。
驚愕の事実:コードレビューの42%は「なぜ」が説明されていない
「この変数名はもっと分かりやすく」「この処理は別のメソッドに切り出して」といった修正提案は、コードレビューの基本です。しかし、その提案に「なぜそうすべきなのか」という理由や背景の説明は添えられているでしょうか。
今回ご紹介する論文では、驚くべき事実が明らかになりました。 この調査は、AndroidやChromiumなど、Googleの主要オープンソースプロジェクトで実際に行われた793件の有用なレビューコメントを分析したものです。 その結果、なんと 全体の42%ものコメントが、説明なしに修正提案だけを行っていた のです。
レビューコメントにおける説明と提案の分布
この図を見ると、「Suggestion Only(提案のみ)」が42%を占めていることが分かります。一方で、「Explanation + Suggestion(説明と提案の両方)」は37%、「Explanation Only(説明のみ)」は10%に留まっています。つまり、多くのレビューが「What(何をすべきか)」は伝えても、「Why(なぜそうすべきか)」を伝えていないのです。
このような説明不足は、作成者の理解を妨げ、修正の意図が正しく伝わらない原因となります。結果として、手戻りが発生したり、レビュアーへの不信感に繋がったりと、開発プロセス全体の効率を低下させる要因になりかねません。
もう指摘に悩まない!明日から使える「7つの説明フレームワーク」
「説明が大事なのはわかった。でも、どう説明すればいいの?」―その答えが、研究で明らかになった7つの説明タイプです。これをフレームワークとして活用すれば、あなたのレビューはもっと的確で、説得力のあるものに変わります。研究によれば、最も多く使われていたのは「タイプ6:問題の根本原因を指摘する」(40%)で、次いで「タイプ7:メリットを提示する」(25%)でした。
コードレビューで使われる7つの説明タイプ
タイプ1:ルールを根拠にする
プロジェクトの規約や設計原則など、議論の余地が少ない「決まり事」を根拠に説明します。このアプローチは、個人的な意見の対立を避け、客観的な事実に基づいて対話を進めるのに非常に効果的です。
- 使い方のポイント: 「〇〇という規約に基づき、修正をお願いします」と、参照すべきルールを明確に伝えましょう。
- 具体例: 「命名規則では変数はキャメルケースと決まっているので、
user_id
をuserId
に修正してください」
タイプ2:具体例で示す
抽象的な言葉で説明するよりも、コードベース内の類似実装や、ベストプラクティスとなっている箇所を「お手本」として示す方が、遥かに早く正確に意図が伝わります。
- 使い方のポイント: 「この部分は、〇〇コンポーネントの実装が参考になります」と、具体的なファイル名やURLを添えると親切です。
- 具体例: 「この認証処理は、
AuthService.ts
の実装と同じパターンで書き換えるのが良さそうです。そちらを参照してください」
タイプ3:リスクを予見する
「もし~だったら」というシナリオを提示し、現在のコードが見過ごしている潜在的なバグやエッジケースへの考慮を促します。これにより、コードの堅牢性を高めることができます。
- 使い方のポイント: 起こりうる具体的な問題点を提示し、危機感を共有することが重要です。
- 具体例: 「このままだと、APIからのレスポンスが空配列だった場合に、後続の
map
処理でエラーが発生する可能性があります」
タイプ4:将来への影響を語る
その修正が、将来のメンテナンス性や拡張性にどう影響するか、より大局的な視点で説明します。これは、短期的な視点に陥りがちな開発者に、長期的な品質の重要性を気づかせるのに役立ちます。
- 使い方のポイント: 「今は問題なくても、将来の仕様変更で…」と、時間軸を広げて影響を語ります。
- 具体例: 「このロジックをコンポーネント内に直接書くと、将来他の画面でも再利用したくなった時に、コピペが必要になってしまいます。共通関数として切り出しておきませんか?」
タイプ5:個人の意見として伝える
修正が必須ではない、あるいは複数の選択肢が考えられる場合に、あくまでレビュアーの好みや一意見であることを明確にする、柔らかな伝え方です。相手に判断を委ねることで、一方的な指示になるのを防ぎます。
- 使い方のポイント: 「個人的には~と感じます」「もしよければ~も検討してみてください」といった枕詞を効果的に使いましょう。
- 具体例: 「個人的には、こちらの変数名
isUserVerified
の方が、真偽値であることが明確で好みですが、いかがでしょうか?」
タイプ6:問題の根本原因を指摘する
コードが抱える問題の根本原因を、技術的な事実に基づいてシンプルに伝えます。遠回しな表現を避け、何が問題なのかを直接的に示すことで、迅速な解決を促します。
- 使い方のポイント: 感情を排し、技術的な事実のみを簡潔に述べることが、誤解なく伝えるコツです。
- 具体例: 「このAPIエンドポイントはバージョン2で非推奨となっており、パフォーマンス上の理由からバージョン3への移行が推奨されています」
タイプ7:メリットを提示する
提案を受け入れることで、パフォーマンス向上や可読性向上、バグの未然防止など、どのような「良いこと」があるのかを明確に伝えます。人は義務感よりもメリットによって動機づけられるため、これは非常に強力なアプローチです。
- 使い方のポイント: 「~することで、〇〇というメリットがあります」と、具体的な効果をセットで説明します。
- 具体例: 「この重い処理を
useMemo
でラップすることで、不要な再計算が抑制され、画面の再描画パフォーマンスが大幅に向上します」
補足:説明が苦手なら、AIに頼る選択肢も
これら7つの説明タイプを使い分けるのは、慣れないうちは難しいかもしれません。しかし、朗報があります。今回の研究では、ChatGPTのようなAIが、これらの説明を98%という驚異的な高精度で生成できることも明らかになりました。
将来的には、経験の浅いレビュアーが質の高い説明文を生成するのをAIがサポートしたり、作成者自身がレビュアーの指摘に対して「この点について、タイプ7(メリット)の観点からAIに説明を求めてみよう」と活用したりする未来がすぐそこまで来ています。
あなたはどのレベル?経験者と初心者のレビューに見る「説明力の壁」
7つのタイプを理解したところで、次に「なぜデキる人のレビューは伝わりやすいのか?」という疑問に迫りましょう。研究では、レビュアーの経験値によって、使われる説明タイプに決定的な違いがあることが示されました。
レビュアーの経験値と説明タイプの関係
この図が示すように、初心者のレビュアーは「タイプ6:問題の指摘」に大きく偏りがちです。これは「間違いを見つけること」に意識が集中している状態と言えるでしょう。一方、経験豊富なレビュアーは、「タイプ7:メリットの提示」や「タイプ4:将来への影響」といった、相手の納得感やコードの将来性まで見据えた、より多角的で説得力のある説明を巧みに使い分けています。単なる間違い探しで終わるか、未来を見据えた建設的な対話になるか。その分水嶺が、この説明力の差にあるのかもしれません。
まとめ:説明力を磨き、チームの生産性を高めよう
本記事では、伝わるコードレビューの鍵が「説明」にあり、その具体的な実践方法として「7つの説明タイプ」を紹介しました。
- 現状課題: レビューの42%は「説明不足」で、無用なコミュニケーションロスを生んでいる。
- 解決策: 7つの説明フレームワークを意識し、状況に応じて使い分けることがレビューの質を高める。
- 目標設定: 「問題指摘」一辺倒から脱却し、「メリット提示」や「将来への影響」を語れるレビュアーを目指す。
テクノロジーの進化は、私たちの働き方を大きく変えようとしています。AIをうまく活用しつつ、まずは明日から、7つの説明タイプのうち1つでも意識して使ってみてください。その小さな一歩が、あなたとチームの未来をより良い方向へと導く、大きな力となるはずです。
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参考資料: