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開発者が真に求めているものは?最新研究が明かすプラットフォームの絶対条件

多くの企業がAPIやプラットフォームを公開し、外部開発者によるエコシステムの拡大を目指しています。しかし、開発者に選ばれ、継続的に利用してもらうことは容易ではありません。その成否を分ける鍵こそが「開発者体験(DevEx)」です。では、開発者はプラットフォームの何を評価し、何を求めているのでしょうか?
本記事では、その問いに科学的なアプローチで迫った最新の研究論文「Exploring Developer Experience Factors in Software Ecosystems」 (2025年) の内容を基に、開発者の本音を解き明かしていきます。29の先行研究と21人の現役開発者への詳細な調査から導き出された、開発者に選ばれるプラットフォームの条件をご覧ください。
1. そもそも「開発者体験(DevEx)」とは?
開発者体験(DevEx)とは、開発者が特定のプラットフォームやツール、APIなどを利用してソフトウェア開発を行う際に得られる、総合的な体験や感情、価値観を指す言葉です。
これは、一般的な「ユーザーエクスペリエンス(UX)」の概念を開発者向けに拡張したものです。しかし、単なる「開発者向けのUX」とは異なり、DevExは技術的な詳細や開発プロセスそのものへの深い理解を必要とする点で特異性があります。優れたDevExは、開発者の生産性を高めるだけでなく、プラットフォームへの愛着や貢献意欲を育む源泉となります。プラットフォームの持続的な成長と成功のためには、このDevExの向上が不可欠なのです。
2. 開発者が気にするポイントはこんなにある!DevExを左右する「4つの領域」と27の要因
では、開発者は具体的にどのような点を考慮してプラットフォームを評価するのでしょうか。
今回の研究では、開発者の意思決定に影響を与える要因を網羅的に洗い出し、27個のファクターを特定しました。これらは、大きく分けて以下の4つの領域に分類されます。
- Common Technological Platform(技術基盤): 開発ツール、ドキュメントの品質、利用コストなど、開発の土台となる技術的なインフラに関する要因。
- Projects and Applications(プロジェクトとアプリ): 開発したアプリの市場規模や配布方法、求められる品質基準など、成果物に関連する要因。
- Community Interaction(コミュニティ): 他の開発者との関係性や、プラットフォーム提供者からのサポートなど、人との関わりに関する要因。
- Expectations and Value of Contribution(期待と貢献価値): 金銭的利益、スキルアップ、自己実現など、プラットフォームに関わることで得られる個人的な価値に関する要因。
これらの関係性をまとめたのが、下の図です。
図表1. ソフトウェアエコシステムにおけるDevExに影響を及ぼす27の要因
この図は、開発者がプラットフォームを選ぶ際の「思考の地図」と言えるでしょう。しかし、27個も要因があると、どこから手をつければ良いか分からなくなってしまいます。
3. では、27個の中で本当に重要なのは?開発者が選んだ「9つの最重要ファクター」
ご安心ください。今回の研究の核心は、これら27の要因の中で、開発者が本当に重視しているのは何かを明らかにしている点です。
この評価を行ったのは、学術・産業界のメーリングリストや開発者コミュニティ、さらに参加者からの紹介などを通じて集められた、キャリアも経験も多様な21人の現役開発者たちです。彼らの平均開発経験年数は約6年。まさに、現場のリアルな声と言えるでしょう。
下の図表は、開発者が「プラットフォームの採用や貢献継続に強く影響する」と回答した割合(SIPスコア)が高い順に、トップの要因をランキングしたものです。
図表2. 各DevEx要因の影響度ランキング(一部抜粋)
カテゴリ | DevEx要因 | 影響度 (SIPスコア) |
---|---|---|
技術基盤 | (F3) プラットフォーム利用の金銭的コスト | 100.0% |
(F1) 開発に必要な技術リソース | 90.4% | |
(F4) プラットフォームが提供するサービスの多様性 | 85.7% | |
(F2) プラットフォームの設定の容易さ | 71.4% | |
(F5) プラットフォームの透明性 | 71.4% | |
(F6) ドキュメントの品質 | 66.6% | |
プロジェクトとアプリケーション | (F14) アプリケーション市場への参入障壁の低さ | 85.7% |
(F10) アプリケーションの配布方法 | 85.7% | |
(F13) テクノロジーの学習のしやすさ | 81.0% | |
コミュニティインタラクション | (F20) コミュニティの規模と拡張性 | 52.4% |
(F19) 良好なDevRelプログラム | 19.0% | |
期待と貢献価値 | (F22) より多くの金銭的利益 | 90.5% |
(F21) 新たな市場や雇用の機会 | 85.7% | |
(F24) 開発者のスキルと知性の向上 | 76.2% |
影響度(SIPスコア)は、開発者が「プラットフォームの採用や貢献継続の決定に、その要因が強く、あるいは非常に強く影響する」と回答した割合(%)を示します。スコアが高いほど、開発者が重要視している要因であることを意味します。
このランキングから、開発者のリアルな本音が浮かび上がってきます。大きく「金銭的要因」「技術・プロダクト要因」「自己成長・機会要因」の3つの視点で見ていきましょう。
視点1:金銭的要因 - やはり「コストと収益」が最大の関心事
ランキングの1位と2位を占めたのは、金銭に直接関わる要因でした。
- 1位:プラットフォーム利用の金銭的コスト
- 2位:より多くの金銭的利益
開発者は、プラットフォームを利用するためのライセンス料や手数料といった「コスト」に非常に敏感です。同時に、そのプラットフォームで開発することで、アプリケーションの販売や報酬を通じてどれだけの「収益」を得られるかをシビアに評価しています。ある開発者は「最高のプラットフォームは高価かもしれないが、ニーズと実用性のバランスが取れていなければならない」とコメントしており、投資対効果を強く意識していることがわかります。
視点2:技術・プロダクト要因 - 開発のしやすさと市場へのアクセス
開発のしやすさや、作ったアプリをユーザーに届けやすいかどうかも、極めて重要な判断基準です。
- 3位:開発に必要な技術リソース
- 同率4位:アプリケーション市場への参入障壁の低さ
- 同率4位:アプリケーションの配布方法
- 同率4位:プラットフォームが提供するサービスの多様性
- 8位:テクノロジーの学習のしやすさ
IDE(統合開発環境)やデバッガーといった質の高い開発ツールが揃っているか、チュートリアルなどが整備されていてスムーズに学習を始められるかは、開発の生産性に直結します。また、どれだけ良いアプリを作っても、ユーザーに届かなければ意味がありません。アプリストアへの登録・公開プロセスが簡単で、多くのユーザーにリーチできる配布チャネルが用意されていることは、開発者にとって大きな魅力となります。
視点3:自己成長と機会 - スキルアップと新たなビジネスチャンス
開発者は、目先の開発作業だけでなく、そのプラットフォームに関わることで得られる未来の可能性も見ています。
- 同率4位:新たな市場や雇用の機会
- 9位:開発者のスキルと知性の向上
そのプラットフォームの技術を習得することが、自身の市場価値を高め、新しいキャリアやビジネスチャンスに繋がるか。また、革新的な技術に触れることで、プログラミングスキルや創造性を向上させられるか。こうした自己成長への期待も、開発者がプラットフォームを選ぶ上で重要な動機となっているのです。
4. 調査結果から導く、開発者に愛されるプラットフォームになるための4つのアクション
これらの開発者の「本音」を踏まえ、論文ではプラットフォーム提供者が取るべき具体的なアクションを提示しています。明日から自社のプラットフォーム改善に活かせる4つのアクションをご紹介します。
アクション1:金銭的・技術的な「参入障壁」を徹底的に下げる
開発者はコストに敏感で、学習の手間を嫌います。まずは、開発者が「やってみよう」と思える環境を整えることが第一歩です。
- 公正な料金体系の導入 (F3): 初心者向けには無料または低コストのプランを用意し、スケールに合わせて利用できる透明性の高い料金モデルを提供しましょう。(例:GitHubの無料プラン)
- 簡単な登録・公開プロセス (F14): 開発者の登録からアプリの公開までの手順を簡素化し、摩擦を最小限に抑えましょう。(例:Google Play Storeの分かりやすい公開フロー)
- 質の高い開発ツールと学習リソースの提供 (F1, F13): 開発を効率化するAPIやライブラリ、IDEを提供すると同時に、初心者でも迷わない詳細なドキュメントやチュートリアルを整備することが不可欠です。(例:AWSの充実したツール群、Reactの丁寧な公式ドキュメント)
アクション2:開発者の「生産性」と「収益機会」を最大化する
開発者は、自身の時間と労力を投下する価値があるかどうかをシビアに見ています。その努力が報われる仕組みを作りましょう。
- 明確な収益化モデルの提示 (F22): 開発者が自身の制作物で利益を得られる、公正で分かりやすい収益化の機会を提供しましょう。(例:Unity Asset Storeでのアセット販売)
- 効率的なアプリ配布チャネルの確保 (F10): 開発したアプリが多くのユーザーの目に触れ、利用されるためのマーケットプレイスや仕組みを整備し、アプリの価値を最大化させましょう。(例:Apple App Storeのグローバルなプラットフォーム)
- 多様なサービスの提供 (F4): 開発者の様々なニーズに応えるため、スケーラブルなインフラやサポートサービスなど、幅広い選択肢を提供しましょう。(例:Google Cloudの柔軟なインフラサービス)
アクション3:透明性の高い情報公開と、学びやすい環境を整備する
開発者は、プラットフォームの将来性や信頼性を重視します。ブラックボックスをなくし、オープンな姿勢を示すことが信頼に繋がります。
- 透明性の確保 (F5): ロードマップやアップデート情報を公開し、プラットフォームの将来像を共有することで、開発者の信頼とエンゲージメントを育みます。
- ドキュメント品質の向上 (F6): 誰が読んでも理解できる、明確で詳細なドキュメントは、開発者の学習コストを下げ、スムーズな開発を支援する上で最も重要な投資の一つです。
アクション4:コミュニティとの健全な力関係を築き、共に成長する
ランキング上位には入りませんでしたが、長期的なエコシステムの成長には、コミュニティとの良好な関係が不可欠です。
- DevRelプログラムの推進 (F19): オープンなコミュニケーションを促進し、開発者からのフィードバックを積極的に製品開発に活かす仕組みを構築しましょう。(例:Google Developer Relations、GitHub Sponsorsプログラム)
- コミュニティの声を聞く (F20): 開発者サーベイやオープンフォーラムなどを通じて、多様な開発者のニーズを理解し、エコシステム内の力関係の偏りをなくす努力が、コミュニティ全体の成長を促します。
まとめ:DevExへの投資が、あなたのビジネスの未来を左右する
今回の研究論文は、開発者がプラットフォームを選ぶ際に、 「①金銭的な見返り」「②スムーズな開発体験と市場へのアクセス」「③将来的な自己成長と機会」 という3つの要素を極めて重要視していることを、科学的な根拠と共に示しました。
開発者体験(DevEx)の向上は、もはや単なる「開発者向けのいち施策」ではありません。開発者に選ばれ、愛され、共に成長していくエコシステムを築くことは、プラットフォームビジネスの成否を左右する、極めて重要な経営戦略です。本記事で紹介した9つの重要ファクターと4つのアクションを参考に、ぜひ自社のDevExを見直してみてはいかがでしょうか。
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参考資料: