Home

分業による部分最適で開発生産性が低下!?GitHub 6万超リポジトリ調査解説

公開日

img of 分業による部分最適で開発生産性が低下!?GitHub 6万超リポジトリ調査解説
•••

あなたのチームでは、メンバーの専門性を活かすために、どのように仕事を分担していますか?「フロントエンドはAさん、サーバーサイドはBさん」といった分業は、チームの生産性を高めるための「常識」として、長年信じられてきました。しかし、もしその常識が、変化の速い現代のソフトウェア開発において、チームの成長を妨げる「罠」になっているとしたら?

この記事では、ストックホルム大学のJinci Liu氏による論文「How does the Division of Labor Affect Team Productivity? Evidence from GitHub」を基に、この長年の常識にデータで切り込みます。世界最大の開発プラットフォームGitHubの膨大なデータが指し示したのは、これからのチームの生産性を左右する、新たな真実でした。

常識に挑む、GitHubのビッグデータ分析

本研究は、「チームの専門化(分業)」が本当に生産性を高めるのか、実際の開発現場のデータから解き明かすものです。そのユニークなアプローチを見ていきましょう。

6万チーム、3500万タスクから見えたもの

研究チームは、MicrosoftやGoogleといった「組織(Organization)」に属し、3人以上で活動する64,400のチーム(リポジトリ) を分析対象としました。そこで行われた3,500万件ものタスク割り当て履歴を追跡し、専門化と生産性の関係を探ったのです。

ここで言う「タスク」とは、AIがコードのファイル名を分析し、「フロントエンド開発」「サーバー管理」といった10種類の作業タイプに分類したものです。

また、生産性は単一の指標ではなく、以下の4つの側面から多角的に評価されています。

  • 品質(ユーザーからの評価): プロジェクトへの支持を示す「GitHubスター」の数。
  • 量(アウトプット): 生産されたコードの行数。
  • スピード(問題解決速度): ユーザー課題(Issue)の解決にかかる時間。
  • 効率(コード受入率): コード変更の提案(Pull Request)が承認された割合。

「専門化」を測るモノサシ

この研究の核心は、「専門化」という曖昧な概念を客観的な指標で測定した点にあります。各チームのタスク配分が、理論上の2つの極端な状態のどちらに近いかを数値化しました。

  1. 最も専門化された状態: 各メンバーが特定の1つのタスクに専念する。
  2. 最も一般化された状態: 全メンバーが、全てのタスクを均等に分担する。

実際のタスク配分が「1. 最も専門化された状態」に近いほど「専門性が高い」と評価されます。これにより、チームごとの分業レベルを客観的に比較できるのです。

専門化するほど生産性は下がる、という不都合な真実

分析から導き出された結論は、従来の常識を根底から覆すものでした。チームの専門性が高まるほど、アウトプットの量やユーザー評価といった主要な生産性指標が悪化するという、明確な負の相関が確認されたのです。

データ1:専門性が高いチームは、ユーザーから評価されにくい

図表1からわかるように、専門性が高まる(横軸が右に行く)につれて、ユーザーからの評価(月間GitHubスター数)は明らかに低下しています。

図表1 専門化とユーザーからの評価(スター数)の関係

専門化とユーザーからの評価(スター数)の関係

「専門性が高いニッチなプロジェクトだから、評価が集まりにくいだけでは?」と考える方もいるでしょう。しかし本研究では、チームサイズやタスク量、プロジェクトの種類といった条件を揃えた上で、純粋に「専門性の高さ」だけが与える影響を抽出する統計手法(固定効果分析)を用いています。それでもなおこの関係が見られるため、「過度な専門化」そのものが、ユーザーの支持を得にくくしている可能性が高いのです。

データ2:専門性が高いチームは、アウトプットの量も少ない

図表2に示すように、アウトプットの量(コードの行数)についても同様の傾向が見られます。専門性が高いチームほど、生産されるコードの量が減少しています。これは、過度な分業がプロジェクト全体の推進力を削いでいる可能性を示唆しています。

図表2 専門化とアウトプットの量の関係

専門化とアウトプットの量の関係

「複雑なタスクはコード行数が増えにくいだけでは?」という疑問ももっともです。しかし、この研究は他の指標でも専門化の弊害を捉えています。例えば、顧客対応のスピードに注目すると、専門性が一定レベル高まることで、ユーザーの問題解決に平均して1.08日も長くかかっていることが判明しました。

部分最適の罠:専門化がチームの対応力を奪うメカニズム

なぜ、専門化はチーム全体の生産性を下げてしまうのでしょうか。その背景には、メリットとデメリットが共存する「トレードオフ」の構造があります。

メリットは「個のスキル」、デメリットは「チームのスピード」

図表3(a)が示すように、専門性が高いチームほど、提出したコードの受入率は向上します。特定のタスクに集中することでスキルが深まり、質の高いコードが書けるようになる。これは 「部分最適」の成果と言えるでしょう。

しかし、その代償はチーム全体のスピードです。図表3(b)は、専門性が高いチームほど、ユーザーの問題解決に時間がかかることを示しています。各メンバーが自身の専門領域以外の知識に乏しくなり、複数の領域にまたがる複雑な問題への対応力が低下するのです。いわゆる「タスクの属人化」が、「全体非効率」を招いています。

図表3(a) 専門化がもたらすトレードオフ(コード受入率)

専門化がもたらすトレードオフ(コード受入率)

図表3(b) 専門化がもたらすトレードオフ(問題解決速度)

専門化がもたらすトレードオフ(問題解決速度)

ボトルネックは「コミュニケーションの減少」

この問題解決速度の低下を招く根本原因は、チーム内コミュニケーションの欠如です。図表4が示すように、専門化が進むにつれて、チーム内のコミュニケーション量(コメント数)は明確に減少します。

メンバーが自身の担当領域に閉じこもり、他者との知識交換や議論が減ることで、タスクをまたいだ知識の共有(ナレッジスピルオーバー)が停滞し、チームの総合的な問題解決能力が損なわれてしまうのです。

図表4 専門化とコミュニケーション量の関係

専門化がもたらすトレードオフ(コミュニケーション)

「専門化が生産性を下げる」因果関係の証明

ここまでの分析は、あくまで専門化と生産性の「相関関係」です。本当に「専門化が生産性を下げる原因」と言い切れるのでしょうか?

研究チームは、一部のチームが自主的に導入した「タスクの自動割り当て機能」 を自然実験として利用し、この因果関係に迫りました。

自然実験が暴いた、驚きの効果

この機能は、コードレビューなどのタスクをチームメンバーにランダムかつ均等に割り振るものです。導入すると、チームは必然的に「専門化」とは逆の「一般化」された状態になります。

そこで、この機能を導入したチームと、導入していない類似のチームの生産性を比較し、専門性の低下がもたらす純粋な効果を測定しました。

結論:専門性を下げると、品質は4%、量は21%向上した

結果は決定的でした。専門性を下げ、タスクを均等に分担するようにしたチームは、しなかったチームと比較して、

  • ユーザーからの評価が4%向上
  • アウトプットの量が21%向上

という、統計的に有意な改善を見せたのです。さらに、チーム内のコミュニケーション量も13%増加しており、タスク間の知識共有の活性化が、生産性向上に直結したことが強く示唆されます。

図表5(a) 自動タスク割り当て機能導入の効果(品質)

自動タスク割り当て機能導入の効果(品質)

図表5(b) 自動タスク割り当て機能導入の効果(量)

自動タスク割り当て機能導入の効果(量)

図表5(c) 自動タスク割り当て機能導入の効果(コミュニケーション)

自動タスク割り当て機能導入の効果(コミュニケーション)

この結果は、常に新しい問題解決が求められる知的労働において、メンバーが多様なタスクに触れ、互いの領域を越えて知識を共有することの重要性を裏付けています。

結論:「知識の越境」こそが、チームを強くする

本研究は、従来の「分業・専門化は善である」という常識に一石を投じるものです。

ソフトウェア開発のような不確実性が高く、イノベーションが求められる環境下では、過度な専門化は個々のタスク効率を上げる一方で、チーム全体の柔軟性や問題解決能力を犠牲にし、結果として生産性を損なうというトレードオフを浮き彫りにしました。

これからのチームに求められるのは、メンバーが自身の専門領域に安住することではありません。互いのタスクに関心を持ち、積極的に 「知識の越境」 を図ること。それこそが、チームの総合力を高め、持続的な成長を可能にするのです。

明日から、あなたのチームでも「知識の越境」を促す小さな一歩を始めてみてはいかがでしょうか。意図的なタスクのローテーション、ペアプログラミングやモブプログラミングの導入など、チーム内の知識共有を促す仕組みこそが、未来の生産性を創る鍵となるはずです。


開発生産性やチームビルディングにお困りですか? 弊社のサービス は、開発チームが抱える課題を解決し、生産性と幸福度を向上させるための様々なソリューションを提供しています。ぜひお気軽にご相談ください!

参考資料:

Author: vonxai編集部

Google Scholarで開発生産性やチーム開発に関する論文を読むことが趣味の中の人が、面白かった論文やレポートを記事として紹介しています。