DORAレポート2025速報:AIは開発チームの何を「増幅」するのか?
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ソフトウェア開発の世界では、AIの活用が急速に進み、もはや「新しい常識」となりつつあります。しかし、多くの開発チームがその真価を引き出せずにいるのも事実です。ただツールを導入するだけでは、期待した成果は得られません。
本記事では、Google CloudのDORAチームが発表した最新の調査レポート「State of AI-assisted Software Development 2025」に基づき、AIがソフトウェア開発に与える本質的な影響と、その価値を最大化するための具体的な方法を徹底的に解説します。レポートが示す核心的なメッセージと、明日から実践できる知見をお届けします。
DORAレポート2025の概要
このレポートは、2025年6月13日から7月21日にかけて、世界中の約5,000人のテクノロジー専門家から得たアンケート回答と、100時間以上にわたる定性的なインタビューに基づいて作成されています。ソフトウェア開発におけるAI活用の最新動向と、それがもたらす影響について、データに基づいた深い洞察を提供しています。
結論:AIはソフトウェア開発の「増幅器」である
DORAレポート2025が示す最も重要な結論は、「AIはソフトウェア開発における増幅器(an amplifier)である」 というものです。これは、AIが優れた組織の強みをさらに強化する一方で、課題を抱える組織の弱点をより顕著にしてしまうことを意味します。
ツール導入だけでは不十分な理由
レポートによれば、AI投資から最大限のリターンを得る鍵は、AIツールそのものではなく、それを支える組織的なシステムにあります。具体的には、高品質な内部プラットフォーム、明確なワークフロー、そしてチーム間の連携といった基盤が整って初めて、AIは真価を発揮します。この基盤がなければ、AIによる生産性向上は局所的なものに留まり、組織全体の成果には結びつきません。
ソフトウェア開発におけるAI導入の現状と課題
AIの導入は驚くべき速さで進んでいますが、その浸透度合いと現場での評価には、いくつかの注目すべき点があります。
90%がAIを利用、しかしコードへの信頼は限定的
調査対象となった開発者のうち、実に90%が業務でAIを利用していると回答しました。これは、AI支援開発が実験的な段階を終え、標準的なプラクティスへと移行したことを示しています。
図表1 AIユーザーの割合
一方で、AIが生成したアウトプットに対する信頼度は、まだ完全とは言えません。AIが生成したコードの品質を「ほとんど信頼していない」「まったく信頼していない」と回答した開発者が合計で30%に上りました。これは、多くの開発者が「信頼しつつも検証する(trust but verify)」という健全な懐疑心を持ってAIを利用していることを示唆しています。
図表2 AIが生成したアウトプTプットの品質に対する信頼度
AIがデリバリーにもたらす影響:スループット向上と不安定性の増大
AI導入は、ソフトウェアデリバリーのパフォーマンスに明確な影響を与えています。昨年の調査では、AI導入とスループットの向上に負の相関が見られましたが、今年の調査ではこれが逆転し、AI導入がソフトウェアデリバリースループットを向上させることが示されました。
しかし、その一方でソフトウェアデリバリーの不安定性も依然として増加させる傾向にあります。これは、チームがAIによる開発スピードの加速に適応し始めているものの、その速度を安全に管理するための基盤システムがまだ十分に追いついていないことを示唆しています。
以下の図表は、AIの導入が各主要アウトカムに与える影響を標準化して示しています。青いバーがプラスの効果、オレンジのバーがマイナスの効果を示しています(ただし、バーンアウトやフリクションのような項目では、マイナスの効果が望ましい結果となります)。
図表3 AI導入が主要アウトカムに与える影響の全体像
AIの真価を引き出す7つの組織能力「DORA AI Capabilities Model」
では、どうすればAIの利点を最大化し、欠点を抑制できるのでしょうか。レポートは、その鍵となる7つの組織的な能力を「DORA AI Capabilities Model」として提示しています。これらの能力を組織的に育成することが、AI活用の成否を分けます。
図表4 DORA AI Capabilities Modelの概念図
AI活用の成否を分ける7つの要素:
- 明確で周知されたAIスタンス: どのようなAIツールが使用可能で、どのような使い方が推奨されるかについて、組織としての方針が明確に示され、全員に共有されている状態。これにより、開発者は安心してAIを試すことができます。
- 健全なデータエコシステム: AIモデルが学習の元とする内部データの品質が高く、アクセスしやすく、統合されている状態。AIはデータが命であり、その質がアウトプットの質を左右します。
- AIがアクセス可能な内部データ: AIツールが社内のドキュメントやコードベースといった、文脈に応じた情報源に安全にアクセスできる状態。これにより、より精度の高い、文脈に即した支援が可能になります。
- 強力なバージョン管理プラクティス: 頻繁なコミットやロールバックが容易に行える文化とツールが整備されている状態。AIによるコード生成量の増加に対応し、心理的安全性を確保します。
- 小さなバッチでの作業: 変更を小さな単位で管理・デプロイするプラクティス。AIによって生成される大量のコードを安全に管理し、レビューの負荷を軽減します。
- ユーザー中心のフォーカス: チームの活動が常にエンドユーザーの体験や価値向上を最優先にしている状態。AIは強力なツールですが、向かうべき方向が間違っていれば意味がありません。
- 高品質な内部プラットフォーム: 開発者がセキュアで信頼性の高いアプリケーションを効率的に構築・運用できるような、標準化されたツールや基盤が提供されている状態。
AI成功に不可欠な2つの土台
前述の7つの能力の中でも、特に組織全体のシステムに関わる「プラットフォームエンジニアリング」と「バリューストリームマネジメント」の重要性が強調されています。
プラットフォームエンジニアリング:AI活用のための基盤
レポートによると、90%の組織が何らかの形でプラットフォームエンジニアリングを導入しており、その重要性は広く認識されています。高品質な内部プラットフォームは、AIの利点を組織全体にスケールさせるための配布・統治レイヤーとして機能します。AI活用という文脈においても、このプラットフォームがAI投資の成否を分ける戦略的な基盤となります。
バリューストリームマネジメント(VSM):AI投資効果を最大化する指針
バリューストリームマネジメント(VSM)は、アイデアが顧客に価値を届けるまでの一連の流れを可視化し、最適化する手法です。VSMを実践することで、AIという強力なツールを「どこに」適用すれば最も効果的か(つまり、システム全体のボトルネックはどこか)を特定できます。これにより、局所的な効率化に終わらせず、AIによる生産性向上を組織全体の成果へと繋げる「力の増幅器」として機能します。
あなたのチームはどこにいる?7つのチームプロファイルで現状を把握する
レポートでは、ソフトウェアデリバリーのパフォーマンスやチームの健全性といった複数の指標に基づき、開発チームを7つの典型的なプロファイルに分類しています。自チームがどのタイプに当てはまるかを理解することは、的確な改善策を講じるための第一歩となります。
7つのチームプロファイル例:
- Cluster 7: Harmonious high-achiever(調和の取れたハイアチーバー): 安定した環境で、燃え尽きることなく持続的に高品質な成果を出す理想的なチーム。(全体の20%)
- Cluster 6: Pragmatic performers(現実的なパフォーマー): 優れたスピードと安定性を両立しているが、チームのエンゲージメントには改善の余地があるチーム。(全体の20%)
- Cluster 5: Stable and methodical (安定的かつ計画的なチーム): 高品質な仕事を、持続可能なペースで着実にこなす職人のようなチーム。(全体の15%)
- Cluster 4: High impact, low cadence (高インパクト、低頻度のチーム): 生み出す成果のインパクトは大きいものの、デリバリーの頻度が低く不安定なチーム。(全体の7%)
- Cluster 3: Constrained by process (プロセスに制約されるチーム): 安定したシステム上で活動しているが、非効率なプロセスがボトルネックとなり、高い燃え尽きと低い成果につながっているチーム。(全体の17%)
- Cluster 2: The legacy bottleneck(レガシーのボトルネック): 不安定なシステムに振り回され、リアクティブな作業に追われるチーム。(全体の11%)
- Cluster 1: Foundational challenges(基礎的な課題): プロセス、環境、成果の全てにおいて根本的な課題を抱えるチーム。(全体の10%)
また、これらのプロファイルがソフトウェアデリバリーのスループット(横軸)と不安定性(縦軸)の観点でどのように分布しているかを以下の図表が示しています。右下に位置するクラスター6と7が高いパフォーマンスを発揮している一方で、左上に位置するクラスター2や4は課題を抱えていることがわかります。
図表6 ソフトウェアデリバリーパフォーマンス要因におけるクラスター分布
まとめ:明日から始める、AIを組織の力に変える一歩
DORAレポート2025は、AIがもはや単なる開発ツールではなく、組織の在り方そのものを映し出し、その特性を増幅させる「鏡」であり「増幅器」であることを明確に示しました。
AIの導入を成功させるためには、ツールを配るだけのアプローチから脱却し、組織のシステム全体を見直す視点が不可欠です。本記事で紹介した 「7つの組織能力」 を参考に自社の現状を評価し、 「プラットフォームエンジニアリング」 や 「VSM」 といった土台を固めることが、AI時代を勝ち抜くための鍵となるでしょう。まずは、あなたのチームが 「7つのチームプロファイル」 のどこに位置するのかを議論することから始めてみてはいかがでしょうか。
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参考資料: