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経産省レポートが暴くDXの現在地と「レガシーシステム」脱却への道

迫る「2025年の崖」- DX推進を阻む“本当の敵”とは?
多くの企業がDX(デジタルトランスフォーメーション)の必要性を認識しながらも、その推進に苦しんでいます。「新しいデジタル技術を導入したいが、既存システムと連携できない」「市場の変化に迅速に対応できず、競合に遅れを取っている」。こうした悩みの裏には、これまで見て見ぬふりをされてきた“本当の敵”が潜んでいます。
本記事では、経済産業省が2025年5月に公開した最新レポートに基づき、日本企業のDXを阻む深刻な病=「レガシーシステム」の本質を解き明かします。なぜDXが進まないのか、その根本原因と、データに基づいた処方箋、そして経営者が今すぐ取るべき具体的なアクションを解説します。
1. あなたの会社も当てはまる?DXを阻む5つの「病状」
レポートは、DXの足枷となる「レガシーシステム」を、単に「古いシステム」ではなく、「運用維持保守や機能改良が困難な状態に陥り、経営・事業戦略上の足枷、高コスト構造の原因となっているシステム」と定義しています。これは、技術と経営・組織の問題が複雑に絡み合った「病」のようなものです。まずは、自社に当てはまる「病状」がないか、チェックしてみてください。
- 病状① 技術の老朽化:塩漬けにされたシステムが変化を拒む 長年使われ続けたシステムは、基盤技術が古くなり、対応できる技術者が高齢化や離職で減少しています。ハードウェアが故障しても代替品が見つからず、事業継続そのものが脅かされるリスクを抱えています。
- 病状② システムの肥大化・複雑化:継ぎ足し続けた「秘伝のタレ」が身動きを封じる 場当たり的な機能追加やカスタマイズを繰り返した結果、システム全体が巨大で複雑な迷路と化しています。少しの変更でも影響範囲が分からず、新たな機能追加や業務改善に膨大な時間とコストがかかる、あるいは不可能になっている状態です。
- 病状③ ブラックボックス化:担当者しか分からない「属人化」のリスク 仕様書や設計書が整備されておらず、システムの中身は特定の担当者の頭の中にしかありません。その担当者が異動・退職すれば、誰もシステムを触れなくなり、障害発生時に原因究明すら困難になるという、極めて危険な状態です。
- 病状④ IT投資の欠如:システムを「コスト」としか見なせない経営 経営層がITシステムを事業成長のための「投資」ではなく、単なる「コスト」と捉えているケースです。結果、システム関連予算は常に抑制され、障害が発生しても場当たり的な応急処置で済まされるため、問題は先送りされ続けます。
- 病状⑤ 古い制度としがらみ:「昔ながらのやり方」から抜け出せない組織 技術的な問題以上に根深いのが、組織文化です。旧来の業務プロセスや制度が温存され、現場からは「やり方を変えたくない」という強い抵抗が示されます。経営層もトップダウンで変革を断行する覚悟がなく、結果としてシステムも古い業務に縛られたままになります。
2. 問題の根源はどこに?日本企業を蝕む「ITベンダーへの丸投げ体質」
これらの「病状」はなぜ生まれ、放置されてしまうのでしょうか。レポートは、その根源に多くの日本企業が抱えるITベンダーとの構造的な問題があると指摘します。
ユーザーとベンダーの「低位安定」という共依存関係
多くのユーザー企業は、ITを「コスト」と捉え、既存業務の効率化をITベンダーに「丸投げ」してきました。一方、ベンダー企業はそれを受託することで低リスクで安定したビジネス(SIビジネス)を享受してきました。この「共依存関係」は、一見安定しているように見えますが、実態は深刻な問題をはらんでいます。
ユーザー企業はITに対する自律性を失い、IT人材も育ちません。ベンダー企業は個別案件の作り込みに追われ、革新的な標準サービスの開発投資が進みません。結果として、両者ともにグローバルなデジタル競争から取り残されていく「低位安定」という状況に陥っているのです。
影響は自社だけに留まらない。サプライチェーン全体を揺るがすリスク
レガシーシステムの問題は、もはや一企業内の問題ではありません。大企業のDXの遅れは、取引先である中小のサプライヤーにも影響を及ぼします。例えば、データ連携がスムーズにいかず、サプライチェーン全体の効率化が進まないといった事態を招きます。
自社のレガシーシステムを放置することは、自社の競争力を削ぐだけでなく、業界全体の地盤沈下を引き起こすリスクを内包しているのです。
3.【データで見る処方箋】モダン化に成功している企業、4つの共通点
では、この深刻な病から脱却し、システムのモダン化を成功させるにはどうすればよいのでしょうか。レポートの調査データは、成功企業とそうでない企業の間に、明確な違いがあることを示しています。ここでは、成功企業に見られる「4つの共通点」を処方箋として紹介します。
共通点① 経営と現場の情報共有ができているか?
モダン化が進む企業では、経営層と情報システム部門、さらには事業部門との間で、システムに関する情報が密に共有されています。一方、情報共有ができていない企業では、モダン化は全く進みません。システムに関する課題や方針を全社で共有し、自律的に意思決定できる体制こそが、改革の第一歩です。
共通点② 推進役となる「CxO」を設置しているか?
DXやシステム改革を強力に推進する「司令塔」の存在も重要です。データを分析すると、CIO(最高情報責任者)などのCxOを設置している企業は、そうでない企業に比べて、システムの可視化やモダン化が順調に進む傾向が明らかになりました。CxOの設置は、企業のITガバナンスが適切に機能している証左とも言えるでしょう。
共通点③ 自社のITを掌握する「可視化・内製化」を進めているか?
ブラックボックス化したシステムの仕様を可視化(見える化)する取り組みは、内製化の進展と強い相関関係にあります。自社のシステムを把握できて初めて、ベンダーに丸投げするのではなく、自社の主導で開発・運用(内製化)を進めることが可能になります。自社のITを自らコントロールする姿勢が、モダン化成功の鍵です。
共通点④ 個別最適から脱却する「システムの標準化」に取り組んでいるか?
個別の業務に合わせてシステムを作り込むのではなく、業界標準のパッケージや共通システムを利用する「標準化」も有効な処方箋です。特に地方企業では、IT人材確保の難しさから、他社と共通のシステムを利用する傾向が見られます。標準化は、コストを抑制しつつ、モダン化を実現する有効な手段です。
4. では、誰が改革の舵を取るのか?最大の鍵は「経営層の覚悟」
4つの処方箋が見えてきました。しかし、なぜ多くの企業でこれらが実行されないのでしょうか。レポートは、その最大のボトルネックが「経営層の意思決定」にあると、厳しいデータを突きつけています。
データが示す「経営層の無関心」- 9割の企業が中計でシステムに触れず
驚くべきことに、日本を代表する大企業(TOPIX100)のうち、中期経営計画で大規模なシステム刷新について言及している企業は、わずか12%に留まります。つまり、約9割の企業の経営層は、システムの重要性を経営課題として捉えていないのです。これでは、現場がどれだけ危機感を訴えても、改革が進むはずがありません。
きっかけはいつも「システム障害」- トップダウンで決断できない現実
さらに、企業がシステムのモダン化を決断する契機は、「大規模なシステム障害」や「保守要員の離脱」といった、問題が起きてから仕方なく対応する「受動的な意思決定」が上位を占めました。将来を見据え、経営層がトップダウンで自律的に決断するケースは、まだ非常に少ないのが現実です。
5. 経営者が今すぐ実行すべき3つのアクション
レガシーシステムからの脱却は、情報システム部門任せでは決して成功しません。経営層が自らの課題として捉え、強いリーダーシップを発揮することが不可欠です。レポートでは、経営者が取るべきアクションとして、以下の3つを挙げています。
アクション① 覚悟を決め、トップダウンで「ITガバナンス」を再構築する
まずは、経営者自身が「レガシーシステムは経営を揺るがす深刻な課題である」と認識し、その刷新をトップダウンで宣言することが全ての始まりです。ITをコストではなく、未来への投資と位置づけ、必要な予算と権限を現場に与える。そして、事業戦略とIT戦略を統合する全社的な仕組み(エンタープライズアーキテクチャ)を構築し、ITガバナンスを根本から再構築する覚悟が求められます。
アクション② 現場の「現行踏襲」と戦い、事業部門を巻き込む
システム刷新は、必ず「今の業務を変えたくない」という現場の抵抗に遭います。経営者は、この抵抗勢力と戦わねばなりません。「現行踏襲」という名の“聖域”にメスを入れ、あるべき業務の姿からシステムを考えるよう、事業部門を巻き込んでいくリーダーシップが不可欠です。
アクション③ ベンダーとの関係を見直し、「共創パートナー」へと変える
これまでの「丸投げ・受け身」の共依存関係から脱却し、ベンダー企業を「共に価値を創造するパートナー」として再定義することが重要です。ユーザー企業はITへの自律性を高め、ベンダー企業はより付加価値の高いサービスを提供する。このような健全で対等なパートナーシップを築くことで、両者にとって持続的な成長が可能になります。
【まとめ】レガシーシステムからの脱却は、未来への投資。経営者が主導する継続的な変革の始まり
レガシーシステムの問題は、技術的な課題だけでなく、経営の在り方、組織文化、外部パートナーとの関係性といった、企業経営の根幹に関わる複合的な病です。そして、その治療の鍵を握っているのは、間違いなく経営層のあなた自身です。
レガシーシステムからの脱却は、一度行えば終わりという一過性のイベントではありません。市場や技術の変化に対応し続けるための、継続的な変革のプロセスです。本レポートをきっかけに、自社の“病状”を正しく診断し、未来への投資として、経営者主導の改革に今すぐ着手してみてはいかがでしょうか。
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