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創業者モード vs マネージャーモード:変化の時代にエンジニアリングリーダーが考えるべきこと

なぜ今、エンジニアリングマネジメントの再考が必要なのか?
技術革新のスピードが増し、市場の変化も激しさを増す現代。エンジニアリング組織を率いるリーダーには、従来にも増して高度なマネジメントスキルが求められています。技術の進化、市場の変動、働き方の多様化…様々な要因が複雑に絡み合う中で、これまで有効だったマネジメント手法が通用しにくくなっているからです。特に、クラウド、オープンソース、そしてAIといった近年の技術トレンドは、エンジニアリング組織のあり方そのものを大きく変革しつつあります。
本記事では、書籍「The Manager’s Path」の著者であり、Rent the Runwayやゴールドマン・サックスなど、多様な企業で技術部門の要職を歴任してきたCamille Fournier氏へのインタビュー動画「Founder mode vs manager mode with Camille Fournier」を元に、変化の時代におけるエンジニアリングリーダーシップについて考察します。特に、スタートアップに代表される「 創業者モード 」と、大企業で重視される「プロフェッショナルマネジメント」の対比を通して、これからのエンジニアリングリーダーに求められる資質や、組織運営のヒントを探ります。
Camille Fournier氏が語る「The Manager’s Path」とプロフェッショナルマネジメント
Camille Fournier氏は、ソフトウェアエンジニアとしてのキャリアを経て、マネジメントの道に進みました。自身の経験を基に、エンジニアがマネージャーへとキャリアパスを進む上で直面する課題や、その解決策をまとめたのが「The Manager’s Path」です(和書「エンジニアのためのマネジメントキャリアパス」)。
Fournier氏が本書を執筆した背景には、技術的な専門性とマネジメントスキルの両立の難しさ、そして、エンジニアリングマネジメントに関する体系的な知識の不足がありました。本書では、エンジニアがキャリアの各段階で直面する具体的な課題(例:技術的な意思決定、チームビルディング、コミュニケーション、プロジェクト管理など)を取り上げ、実践的なアドバイスを提供しています。
本書で特に重要なのが、「プロフェッショナルマネジメント」の概念です。これは、単に「管理職」としての役割を果たすのではなく、専門的な知識とスキルを持ってチームをリードし、組織の目標達成に貢献するマネジメントスタイルを指します。Fournier氏は、エンジニアリングマネージャーには、技術的な専門性に加えて、コミュニケーション能力、問題解決能力、意思決定能力、そして何よりも「人を育てる」能力が不可欠であると説いています。
スタートアップと大企業、それぞれのマネジメントスタイル
Fournier氏は、スタートアップと大企業の両方でマネジメント経験を積んできました。その経験から、両者のマネジメントスタイルには明確な違いがあると指摘しています。
スタートアップでは、多くの場合、「 創業者モード 」が求められます。これは、創業者が持つ強いビジョンや情熱を原動力とし、スピードと柔軟性を重視するスタイルです。少数精鋭のチームで、全員が共通の目標に向かって自律的に動くことが求められます。
一方、大企業では、より「プロフェッショナルマネジメント」が重要になります。組織が大きくなるにつれて、明確な役割分担、標準化されたプロセス、そして部門間の連携が必要になるからです。しかし、それは単なる管理ではなく、個々のメンバーの能力を最大限に引き出し、組織全体の生産性を高めるための、高度なマネジメントスキルが求められるのです。
Fournier氏は、ゴールドマン・サックスでの経験を通じて、金融業界におけるプロフェッショナルマネジメントの重要性を学びました。金融業界は、規制が厳しく、高度な信頼性が求められるため、組織運営においても高い水準が求められます。しかし、それは必ずしも硬直的な官僚主義を意味するのではなく、変化に対応し、常に改善を続ける姿勢が重要であると指摘しています。
プラットフォームエンジニアリングの本質:陥りがちな罠と成功の鍵
Fournier氏は、プラットフォームエンジニアリングの専門家でもあります。プラットフォームエンジニアリングとは、社内の開発チームが共通で利用できる基盤(プラットフォーム)を構築・運用し、開発効率と品質の向上を目指す取り組みです。
しかし、プラットフォームチームは、しばしば「技術のための技術」に陥りがちです。つまり、最新の技術を導入すること自体が目的となり、ユーザーである開発チームのニーズを無視してしまうことがあります。また、プラットフォームを「作って終わり」にしてしまい、その後の運用や改善がおろそかになるケースも少なくありません。
同氏は、プラットフォームエンジニアリングを成功させるためには、以下の点が重要であると指摘しています。
- プロダクト思考: プラットフォームを、社内の開発チームを顧客とする「プロダクト」として捉え、ユーザーニーズを常に意識する。
- 専門家チームの構築: プラットフォームの構築・運用には、高い技術力と専門知識を持つエンジニアが必要。
- 継続的な改善: プラットフォームは一度作って終わりではなく、ユーザーからのフィードバックを基に、継続的に改善していく必要がある。
- KPIの設定と測定: プラットフォームの利用状況や効果を測定し、改善の成果を可視化する。
つまり、プラットフォームエンジニアリングは、単に技術的な課題を解決するだけでなく、組織全体の生産性を向上させるための「手段」として捉えるべきなのです。
変化の時代にエンジニアリングリーダーが直面する課題
近年、技術の進化はますます加速し、市場の変化も激しさを増しています。このような状況下で、エンジニアリングリーダーは、以下のような様々な課題に直面しています。
- AIの台頭: AIは、ソフトウェア開発のあり方を大きく変えつつあります。エンジニアリングリーダーは、AIをどのように活用し、チームの生産性を向上させるかを考えなければなりません。
- チームの縮小: 経済状況の変化により、多くの企業で人員削減が行われています。少ない人数で、これまで以上の成果を出すためには、より効率的なチーム運営が求められます。
- リソースの制約: 予算や人員だけでなく、時間も限られたリソースです。エンジニアリングリーダーは、限られたリソースを最大限に活用し、優先順位の高い課題に取り組む必要があります。
- リモートワーク/ハイブリッドワーク: リモートワークやハイブリッドワークの普及により、チームのコミュニケーションやコラボレーションのあり方が変化しています。新しい働き方に対応したマネジメントスタイルを確立する必要があります。
Amazonの「2 Pizza Team」(2枚のピザで賄える規模のチーム)の考え方も、変化を余儀なくされています。かつては、小規模なチームが自律的に動くことが理想とされていましたが、現在では、より大規模なチームでの協調や、チーム間の連携が重要になっています。
良いマネージャーの資質とは?そして、キャリアパスの選択
それでは、このような変化の時代において、良いエンジニアリングマネージャーとは、どのような資質を持つべきなのでしょうか?Fournier氏は、以下の点を挙げています。
- 難しい会話ができること: メンバーのパフォーマンスに関するフィードバックや、組織の方向性に関する議論など、難しい会話を避けることなく、率直かつ建設的に行うことができる。
- 聞く力: メンバーの声に耳を傾け、彼らの意見や懸念を理解しようと努める。
- 透明性: 組織の状況や意思決定のプロセスを、できる限りオープンにする。
- 説明責任: 自分の行動や決定に責任を持ち、結果に対して説明責任を果たす。
- 学び続ける姿勢: 技術やマネジメントの手法は常に進化しているため、常に新しい情報を学び、自己成長を続ける。
エンジニアがマネジメントの道に進むかどうかは、個人の適性やキャリアプランによって異なります。しかし、Fournier氏は、「自分が何を学びたいか、どのような問題を解決したいか」を自問自答し、その答えがマネジメントの仕事と一致するのであれば、挑戦する価値はあると述べています。そして、意思決定の責任が自分にはないことを自覚し、助言や指導に徹することも重要だと強調しています。
まとめ:不確実な時代を生き抜くエンジニアリングリーダーシップ
変化の激しい現代において、エンジニアリングリーダーには、従来のマネジメントスキルに加えて、適応力、柔軟性、そして先見性が求められます。「創業者モード」と「プロフェッショナルマネジメント」のバランスを取りながら、チームを導き、組織の目標達成に貢献することが重要です。Camille Fournier氏の経験と洞察は、これからのエンジニアリングリーダーにとって、大きなヒントとなるでしょう。
彼女の提唱するように、エンジニアリングリーダーの役割は、技術的な課題を解決するだけでなく、組織全体の生産性を向上させるための「プラットフォーム」を構築・運用することにあります。そして、それは単なる技術的な問題ではなく、人、プロセス、そしてコミュニケーションに関わる、より複雑で包括的な課題なのです。
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参考資料: