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GitHubのコードサジェスチョンは開発現場でどう使われている?プルリクエストへの影響を調査

コードレビューは、ソフトウェア開発において品質向上や知識共有に不可欠なプロセスです。GitHubのプルリクエスト機能は、コードレビューを効率的に行うための機能ですが、さらに「コードサジェスチョン」機能が追加されたことで、より具体的で実践的なフィードバックが可能になりました。
本記事では、Abir Bouraffaらによる研究論文”How Do Developers Use Code Suggestions in Pull Request Reviews?” (2025)に基づき、GitHubのコードサジェスチョン機能が、開発者によってどのように利用され、プルリクエストにどのような影響を与えているのかを、調査結果を交えながら解説します。
GitHubのコードサジェスチョン機能とは?
コードサジェスチョン機能の概要と従来のコメントとの違い
GitHubのコードサジェスチョン機能は、プルリクエストのレビュー時に、レビュアーが具体的なコードの修正提案を直接記述できる機能です。従来のコメント機能では、修正内容を文章で説明する必要がありましたが、コードサジェスチョン機能を使うことで、変更箇所と修正後のコードを具体的に示すことができます。これにより、レビュアーは意図をより正確に伝えられ、提出者は修正内容を容易に理解し、適用することができます。
なお、コードレビューにおけるコメントの有効性については、以前の記事「 コードレビューの生産性向上:リファクタリングを誘発するコメント術 」でも詳しく解説しています。
コードサジェスチョンの具体的な使い方
コードサジェスチョンは、プルリクエストのファイル変更画面で、特定のコード行に対してコメントを書き込む際に、```suggestion と ``` で囲むことで利用できます。
GitHubのプルリクエストにおけるコードサジェスチョンの例
コードサジェスチョン機能のメリットと注意点
コードサジェスチョン機能のメリットは、以下の点が挙げられます。
- 明確なフィードバック: レビュアーは、修正内容を具体的に示せるため、意図が伝わりやすくなります。
- 効率的な修正: 提出者は、修正内容をワンクリックで適用できるため、修正作業が効率化されます。
- 変更履歴の可視化: コードの変更履歴が明確に残るため、後から変更内容を確認しやすくなります。
一方、注意点としては、以下のような点が考えられます。
- 大規模な変更への不向き: 大規模な変更や複雑な修正には向かない場合があります。
- レビュアーの負担: レビュアーに、コードを記述する手間がかかります。
- 過度な利用への懸念: コードサジェスチョンを多用しすぎると、提出者の自主的な学習機会を奪ってしまう可能性があります。
開発者はコードサジェスチョンをどう使っている?
研究で明らかになった4つの提案タイプ
Abir Bouraffaらの研究では、開発者がコードサジェスチョンをどのように使用しているかを調査するため、 46のGitHubリポジトリ から収集したプルリクエストのデータを分析しました。その結果、コードサジェスチョンは主に以下の4つのタイプに分類されることが明らかになりました。
プルリクエストレビューにおける提案の種類とその割合
タイプ | 説明 | 割合 |
---|---|---|
コードスタイル | インデント、命名規則、コメントの書き方など、コードのスタイルに関する提案。 | 17.13% |
改善 | コードの可読性、効率性、保守性を向上させるための提案。 | 48.51% |
修正 | バグやエラーの修正、機能の不具合の修正に関する提案。 | 8.00% |
ドキュメント | コードの説明やコメントの追加・修正に関する提案。 | 26.37% |
コードスタイル
コードスタイルの提案は、プロジェクトのコーディング規約に沿った修正を促すものです。例えば、「変数名はキャメルケースで記述してください」といったコメントと共に、具体的な修正コードが示されます。
改善
改善の提案は、コードのパフォーマンスや可読性を高めるためのものです。例えば、「このループ処理は、より効率的なアルゴリズムに変更できます」といったコメントと共に、代替コードが提示されます。
修正
修正の提案は、バグやエラーを修正するためのものです。例えば、「この条件分岐には、nullチェックが必要です」といったコメントと共に、修正コードが示されます。
ドキュメント
ドキュメントの提案は、コードの説明を補足したり、誤りを修正したりするためのものです。例えば、「この関数の説明に、引数の型情報を追加してください」といったコメントと共に、修正後のコメントが提示されます。
各提案タイプに対する開発者の認識
研究では、プルリクエストの提出者とレビュアーの双方に対して、各提案タイプに対する認識を調査しました。その結果、提出者、レビュアーともに、修正と改善の提案を特に有用だと感じていることが分かりました。一方、コードスタイルとドキュメントの提案については、有用性に対する認識がやや低い傾向が見られました。
提案タイプに対する認識:プルリクエスト提出者とレビュアーの比較
提案の有用性(提出者)
提案の利用頻度(レビュアー)
コードサジェスチョンはプルリクエストにどのような影響を与えるか?
コードサジェスチョンがプルリクエストにどのような影響を与えるかを明らかにするため、研究では、様々な要因とプルリクエストの結果(マージされるかどうか、解決までの時間)との関係を統計的に分析しました。
回帰分析の結果
予測変数 | マージへの影響(B) | p値 | 解決時間への影響(B) | p値 |
---|---|---|---|---|
(定数) | 0.288 | <.001 | 1112.513 | <.001 |
コードサジェスチョンの利用 | 0.11 | <.001 | 104.488 | 0.003 |
追加されたコードの行数 | -0.000 | 0.177 | -0.001 | <.001 |
削除されたコードの行数 | 0.000 | 0.3 | 0.003 | <.001 |
変更されたファイルの数 | 0.000 | <.001 | -0.025 | 0.383 |
コミット数 | -0.001 | <.001 | -2.274 | <.001 |
総コメント数 | -0.004 | <.001 | 39.868 | <.001 |
レビューコメント数 | 0 | 0.072 | 5.978 | <.001 |
提出者がorganization member | 0.536 | <.001 | -881.415 | <.001 |
提出者がcontributor | 0.342 | <.001 | -783.669 | <.001 |
提出者がcollaborator | 0.327 | <.001 | -764.321 | <.001 |
マージ率の向上
分析の結果、コードサジェスチョンを利用すると、プルリクエストがマージされる確率が有意に高くなることが分かりました(B=0.11, p<0.001)。これは、コードサジェスチョンによって、コードの品質が向上し、レビュアーの懸念が解消されるためと考えられます。
また、提出者の役割もマージ率に影響を与えており、organization member, contributor, collaboratorの順にマージされやすくなっています。
解決時間の増加
一方、コードサジェスチョンは、プルリクエストの解決時間を有意に増加させることもわかりました(B=104.488, p=0.003)。これは、コードサジェスチョンによって、より詳細な議論や修正が行われるためと考えられます。
また、コメント数が多いほど、解決時間も長くなる傾向が見られます。
興味深いことに、提出者の役割(organization member, contributor, collaborator)は解決時間を短縮する方向に働きます。これは、経験豊富な開発者ほど、問題解決能力が高く、効率的にコミュニケーションを取れるためと考えられます。
コードの複雑さへの影響
研究では、コードサジェスチョンがコードの複雑さに与える影響も調査しましたが、有意な変化は見られませんでした。これは、コードサジェスチョンが、コードの品質向上には貢献するものの、複雑さを増大させるものではないことを示唆しています。
どのような状況でコードサジェスチョンは活用されるか?
提出者のプロジェクト経験と利用頻度
研究では、コードサジェスチョンがどのような状況で活用されるかを調べるため、提出者のプロジェクト経験とコードサジェスチョンの利用頻度との関係を分析しました。その結果、経験の浅い提出者ほど、コードサジェスチョンを受け取る頻度が高いことが分かりました。これは、経験の浅い開発者は、プロジェクトのコーディング規約やベストプラクティスに不慣れな場合が多く、コードサジェスチョンが、それらを学ぶための良い機会になっていることを示唆しています。
開発者の知識共有を促進する情報源
また、開発者がコードサジェスチョンをどのような目的で利用しているかを調査した結果が下図です。
情報源としての提案
開発者はコードサジェスチョンを、コードの背後にある理論的根拠を理解するため、プロジェクトのコーディング規約を学ぶため、類似の問題に対する専門家の助けを求めるためなど、さまざまな目的に活用していることが分かりました。つまり、コードサジェスチョンは、コードレビューの場を通じて、開発者間の知識共有を促進する役割も果たしていると言えます。
コードサジェスチョンの自動化に関する考察
自動化の可能性と課題
コードサジェスチョンは、コードレビューの効率化に役立つ一方で、レビュアーにとっては、コードを記述する手間がかかるという側面もあります。そのため、コードサジェスチョンの自動化に対する期待も高まっています。
開発者の意見
研究では、開発者に対して、コードサジェスチョンの自動化について意見を求めました。その結果、多くの開発者が、コードスタイルや軽微な修正については、自動化が有用であると考えていることが分かりました。一方、複雑な修正やロジックに関わる提案については、自動化が難しい、または自動化によって誤った提案が行われるリスクがあるという懸念も示されました。
まとめ
GitHubのコードサジェスチョン機能は、コードレビューの質と効率を向上させる可能性を秘めたツールです。特に、経験の浅い開発者にとっては、プロジェクトのコーディング規約やベストプラクティスを学ぶ上で有用なツールとなり得ます。また、コードの根拠を理解したり、類似の問題に対する専門家の助けを求める際の情報源としても活用されています。
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