Home

プルリクのコメントで生産性は22%変わる。データが示すフィードバックの新常識

公開日

img of プルリクのコメントで生産性は22%変わる。データが示すフィードバックの新常識
•••

部下の成長を願うからこそ、日々のフィードバックに頭を悩ませるマネージャーは少なくないでしょう。「もっと具体的に指摘すべきか」「厳しいことも伝えるべきか」「褒め方を工夫すべきか」——。良かれと思ってかけた言葉が、実は相手のパフォーマンスを下げ、離職の引き金になっていたとしたら、これほど悲しいことはありません。

本記事では、ストックホルム大学のJinci Liu氏が発表した論文「Managing by Feedback」に基づき、フィードバックが従業員の生産性と定着率に与える影響を、具体的なデータと共に解き明かしていきます。

はじめに:フィードバックの効果を大規模データで検証

この研究の最大の特徴は、その圧倒的なデータ量と客観的な分析手法にあります。主観的なアンケート調査とは異なり、実際の「行動データ」に基づいてフィードバックの効果を測定している点が画期的です。

GitHubのコードレビューをLLMで分析

分析の舞台となったのは、ソフトウェア開発プラットフォームであるGitHubです。研究では、GitHub上で行われたコードレビューにおける170万チーム、2億件以上のフィードバックメッセージが収集されました。さらに、開発者のその後のキャリアを追跡するため、ビジネスSNSであるLinkedInの職歴データも連携されています。

これらの膨大なテキストデータを分析するために、研究では大規模言語モデル(LLM)が活用されました。LLMは、人間の言葉のニュアンスを理解し、フィードバックを客観的に分類する役割を担います。

「有害」「ポジティブ」「建設的」3つのフィードバック

LLMは、マネージャー(この研究ではコードのレビュアー)からのフィードバックを、そのトーンと情報内容に基づき、大きく3つのタイプに分類しました。

  • 有害な(Toxic)フィードバック: 意図的な害意、侮辱、個人攻撃などを含む、著しく不快なフィードバック。
  • ポジティブな(Positive)フィードバック: 励まし、承認、感謝など、支援的なトーンを持つフィードバック。
  • 建設的な(Constructive)フィードバック: バグの指摘や改善提案など、具体的で実行可能な情報を含むフィードバック。

この分類に基づき、それぞれのフィードバックが開発者の行動にどのような変化をもたらしたのかが、詳細に分析されました。

絶対に避けるべき「有害なフィードバック」の代償

結論から言うと、「有害なフィードバック」は、チームと個人に深刻なダメージを与え、その代償は計り知れません。

生産性が43%低下、コードの品質も悪化

研究によると、有害なフィードバックを受けた開発者は、その後の1ヶ月間で新しいコードの作成量が42.9%も減少しました。これは単にモチベーションが下がっただけでなく、開発への参加意欲そのものが削がれてしまうことを意味します。

さらに深刻なのは、アウトプットの質の低下です。有害なフィードバックは、最終的にマージされたコード行の割合(Code Quality)や修正なしでマージされたプルリクエストの割合(Case Quality) を有意に下げることがわかりました(図表1参照)。つまり、開発者はコードを書かなくなるだけでなく、書いたとしてもその品質は著しく低下してしまうのです。

図表1:有害なフィードバックが開発者の生産性に与える影響

有害なフィードバックが開発者の生産性に与える影響 Code Quantity(コード量)は、開発に参加したか(Code Ever)とコード行数(Code Log)で、Code Quality(コード品質)は、プルリクエストの質(Case Quality)とマージされたコード行の割合(Code Quality)で測定されます。

エンジニアの離職リスクが大幅に増加

有害なフィードバックの影響は、生産性にとどまりません。LinkedInのデータと連携した分析では、有害なフィードバックを受けた開発者は、その後2年以内に会社を辞める確率が33パーセントポイントも上昇することが明らかになりました(図表2)。従業員の知識や経験が重要な資産となる現代において、これは企業にとって致命的な損失と言えるでしょう。

図表2:フィードバックが開発者の離職に与える影響

フィードバックが開発者の離職に与える影響

「厳しい批判」と「有害な言動」は全くの別物

ここで重要なのは、「批判」そのものが悪いわけではない、という点です。研究では、「非有害な批判(敬意ある批判)」を受けた場合、生産性の低下はほとんど見られませんでした(図表3参照)。問題は、相手の成長を促すための厳しい指摘ではなく、人格を否定したり、侮辱したりするような「攻撃性」にあるのです。フィードバックの目的が改善であるならば、その伝え方には最大限の注意を払う必要があります。

図表3:非有害な批判的フィードバックが開発者の生産性に与える影響

非有害な批判的フィードバックが開発者の生産性に与える影響

パフォーマンスを最大化する「ポジティブなフィードバック」

一方で、ポジティブなフィードバックは、個人のパフォーマンスと組織の健全性に対して、多岐にわたる良い影響をもたらすことがデータで証明されました。

コード品質の向上とチームへの好影響

ポジティブなフィードバックは、開発者が書くコードの総量(Code Log)に統計的に有意な変化を与えませんでした。しかし、コードの品質(Code Quality)を4.4パーセントポイント向上させたのです(図表4参照)。これは、開発者が認められていると感じることで、より注意深く、質の高い仕事に取り組むようになることを示唆しています。

さらに、ポジティブなフィードバックを受けた開発者は、その後、自分自身も他の同僚に対してポジティブなメッセージを送るようになるという「波及効果(スピルオーバー)」も見られました。たった一つのポジティブな言葉が、チーム全体のコミュニケーション環境を改善するきっかけになり得るのです。

図表4:ポジティブなフィードバックが開発者の生産性に与える影響

ポジティブなフィードバックが開発者の生産性に与える影響

離職率を下げ、優秀な人材の定着を促進

ポジティブなフィードバックは、従業員の定着にも大きく貢献します。研究データによると、ポジティブなフィードバックを受けた開発者は、技術業界から離れてしまう確率が7パーセントポイント低下しました(図表5)。これは、従業員が自分の仕事に価値を感じ、その業界でキャリアを継続したいと考えるようになる強力な動機付けとなることを示しています。

図表5:フィードバックが業界の離脱に与える影響

フィードバックが業界の離脱に与える影響

よかれと思った「建設的なフィードバック」の意外な罠

さて、ここからがこの研究の最も興味深い部分かもしれません。「具体的で、実行可能なアドバイス」である建設的なフィードバックが、意外な結果をもたらすことが明らかになりました。

なぜ具体的な指摘が、短期的な品質低下を招くのか?

データが示したのは、建設的なフィードバックを受けた開発者は、その後の新規コードの品質が10.39%低下するという事実でした(図表6参照)。これは直感に反する結果に思えますが、研究はそのメカニズムを次のように説明しています。

具体的で詳細なフィードバックを受け取った開発者は、まずその指摘に対応するため、既に提出したコードの修正に多くの時間と労力を費やすことになります。その結果、新しく着手するコード開発にかける時間や集中力が削がれてしまい、結果として新規コードの品質が低下してしまうのです。

図表6:ポジティブなフィードバックが開発者の生産性に与える影響

ポジティブなフィードバックが開発者の生産性に与える影響

「既存コードの修正」と「新規開発」のトレードオフを理解する

これは、建設的なフィードバックが無意味だということではありません。むしろ、指摘されたコード自体の品質は向上するでしょう。しかし、マネージャーは、フィードバックをすることが、部下の時間を奪い、「既存コードの修正」と「新規コードの開発」というトレードオフを生じさせることを認識する必要があります。過度に詳細で細かすぎる指摘は、かえって全体の生産性を損なう可能性があるのです。

優れたマネージャーの価値は「フィードバック」で決まる

最後に、この研究はフィードバックという行為が、マネージャーの資質そのものと深く結びついていることを明らかにしました。

マネージャーの能力差の22%はフィードバックで説明できるという事実

研究では、マネージャーが部下の生産性をどれだけ向上させられるかを「付加価値」として測定しました。そして、このマネージャー間の能力差(付加価値のばらつき)の約22%が、彼らが行うフィードバックの量(6.65%)と質(14.88%)によって説明できることが判明しました。

驚くべきことに、マネージャーの性別や人種といった属人的な特性が説明できたのは、わずか0.2%でした(図表7)。この事実は、優れたマネージャーであるかどうかは、生まれ持った属性ではなく、後天的に習得可能な「フィードバックの技術」に大きく依存することを示唆しています。

図表7:フィードバック特性がマネージャーの付加価値のばらつきを説明する力

フィードバック特性がレビュアー(マネージャー)の付加価値(VA)のばらつきを説明する力

性別や人種(Gender+Race)、フィードバックの量(Quantity)、全ての質(Full Features)、Toxic+Positive+Constructiveの質(Selected)。

属性よりも「何をどう伝えるか」が重要

つまり、効果的なフィードバックの実践は、単なるコミュニケーション術ではなく、マネージャーとしての価値を決定づける中核的なスキルなのです。部下の生産性を高め、チームの成果を最大化したいのであれば、フィードバックの方法を見直し、改善し続けることが最も効果的な手段の一つであると言えるでしょう。

まとめ:明日から使える、データに基づいたフィードバック術

本記事で紹介した研究は、フィードバックが単なる情報伝達ではなく、従業員のモチベーション、生産性、そしてキャリアにまで大きな影響を与える強力なツールであることを、膨大なデータによって証明しました。

重要なポイントを改めて整理します。

  1. 有害なフィードバックは百害あって一利なし: 生産性と品質を著しく低下させ、優秀な人材の流出を招きます。いかなる状況でも、個人を攻撃するような言動は絶対に避けなければなりません。
  2. ポジティブなフィードバックは組織の活力源: コードの品質を高め、従業員の定着を促し、チームに良い循環を生み出します。日々の感謝や承認を意識的に伝えることが重要です。
  3. 建設的なフィードバックはバランスが鍵: 具体的な指摘は改善に不可欠ですが、過度な要求は開発者のリソースを奪い、新規開発の質を低下させる可能性があります。修正コストと新たな価値創造のバランスを考える視点が求められます。

マネジメントとは、突き詰めれば「言葉」によって人の行動を促し、成果へと導く営みです。今回の研究結果は、その言葉の選び方一つで、未来が大きく変わることを教えてくれます。データに基づいた科学的なアプローチで、ご自身のフィードバックを見直し、チームをより良い方向へ導くための一助となれば幸いです。


開発生産性やチームビルディングにお困りですか? 弊社のサービス は、開発チームが抱える課題を解決し、生産性と幸福度を向上させるための様々なソリューションを提供しています。ぜひお気軽にご相談ください!

参考資料:

Author: vonxai編集部

Google Scholarで開発生産性やチーム開発に関する論文を読むことが趣味の中の人が、面白かった論文やレポートを記事として紹介しています。