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2025年のDX人材育成、まだ研修頼み?トップ企業6社に学ぶ「育つ仕組み」

DX(デジタルトランスフォーメーション)の重要性が叫ばれて久しいですが、多くの企業で「研修は頻繁に実施しているが、現場の成果に一向に結びつかない」という根深い壁に直面しています。2025年現在、DXは単なるツール導入や業務効率化の段階を終え、ビジネスモデルそのものを根底から変革するフェーズへと移行しており、それに伴い、変革を推進する「人材の質」がこれまで以上に厳しく問われています。
本記事では、情報処理推進機構(IPA)が国内トップ企業6社に実施した「DX人材育成」および「データマネジメント」に関する2つの最新インタビュー調査レポートを基に、DX人材育成の最前線で今、何が起きているのか、成功企業はどのような戦略をとっているのかを徹底解説します。研修頼りの育成から脱却し、真に価値を生み出す人材を育てるためのヒントがここにあります。
【結論】2025年のDX人材育成、成功企業に共通する「3つの絶対原則」
先進企業の取り組みを詳細に分析すると、業界や企業規模を超えて、成功するDX人材育成には共通の原則が見えてきます。それは「①経営の熱波」「②現場の熱戦」「③個への伴走」という3つのキーワードに集約されます。もはや、座学研修だけで人材が育つという幻想は、トップ企業の中には微塵も存在しません。
インタビュー結果サマリ(デジタル人材育成・確保に関する各社の取組状況)
原則1:【経営の熱波】トップがDXの重要性を「自分の言葉」で語り続ける
成功企業に共通するのは、経営トップがDXの重要性やビジョンを、単なるスローガンではなく、熱のこもった「自分の言葉」で繰り返し社内外に発信している点です。例えば、三井物産では社長や会長、CDIO(最高デジタルイノベーション責任者)が「商社パーソンに必要なものは、従来の『読み書き』『そろばん』『英語』に加えて、今は『DX』である」と高頻度で発信。これにより、DXが他人事ではなく全社員の「自分ごと」となり、組織全体を動かす大きなうねりを生み出しています。
原則2:【現場の熱戦】座学で終わらせない。「実践の場」に送り込む
インタビュー対象企業は例外なく、育成プログラムの中にリアルな「実践の場」 を組み込んでいます。研修で得た知識を、実際の業務課題の解決やプロトタイプ開発、業務改善プロジェクトといった具体的なアクションに繋げる機会を提供するのです。この「熱戦」を通じて、社員は生きたスキルと修羅場を乗り越える自信を習得し、成功体験を積むことで、さらなる学びへの意欲を高めるという最強の好循環が生まれます。
原則3:【個への伴走】個人の意思とキャリアを尊重し、手厚いサポートで支える
育成は、画一的な「お仕着せ」では効果がありません。成功企業は、社員一人ひとりの意思や志向、キャリアを深く理解し、それに基づいたアサインや能力開発を行っています。武田薬品工業では、研修参加者一人ひとりにメンターがつき週次の1on1を実施。旭化成では、育成後の活躍の場を検討する際に、本人の経験や挑戦したいことを丁寧にヒアリングします。こうした手厚い心理的サポートやキャリアへの配慮が、社員のエンゲージメントを高め、育成効果を最大化させているのです。
【戦略タイプ別】先進6社のDX人材育成モデル、その具体的な中身
この3原則を、各社はどのように自社の戦略に落とし込んでいるのでしょうか。ここでは、企業の取り組みを「戦略的内製化」「現場巻き込み」「トップダウン変革」の3タイプに分類し、具体的な事例を深掘りします。自社が目指すべきモデルを見つける参考にしてください。
タイプA:戦略的内製化モデル - 変革のコア人材を自社で創り出す
DXの核となる人材を外部採用に過度に依存せず、自社のビジネスを深く理解した社員の中から戦略的に育成するモデルです。
- 武田薬品工業:半年間の“DXブートキャンプ”を内製し、変革のプロを養成 同社は、DX推進の中核を担う人材を育成するため、半年間にわたる本格的な育成プログラムを自社で設計・実施。特徴的なのは、参加者が元の業務から完全に離れ、育成に専念できる環境を保証している点です。 以下の表のように、基礎・応用知識を学んだ後、3ヶ月間は実際のプロジェクトにOJTとして参加します。本人の所属部門と事前に綿密に調整し、上司の都合で参加できないといった事態を防ぐなど、会社全体で育成をバックアップ。修了者はDX推進組織に配属され、ビジネス変革の最前線で即戦力として活躍します。
- 三井物産:「読み書きそろばんDX」を掲げ、全社育成とエース育成を両立 同社は「全社員のDXリテラシー向上」と「DXを牽引するエースの育成」を両輪で進めます。約8,000人の全社員に基礎研修を提供する一方、意欲ある社員(366名を認定)には、1年半ほどDX案件に集中的に取り組む「ブートキャンプ」を用意。全社的な底上げと、コア人材の重点的な育成を見事に両立させています。
武田薬品工業のデジタル人材育成プログラム
ステップ | 目的 | トレーニング内容 | 期間 |
---|---|---|---|
①基礎の学習 | デジタル人材としての基礎知識を網羅的に習得する | 基礎講座の受講 (例: デジタル基礎、ビジネス基礎、データマネジメント講座、AI基礎) | 1か月 |
②応用の学習 | 本人の希望/適性を踏まえ、専門性を向上する | 専門性を高める応用講座を受講 (例: カスタマーエクスペリエンス部におけるマーケティング、UI/UX講座) | 2か月 |
③OJTでの実践 | 学習内容を踏まえ、実務における実践を行う | データ・デジタル&テクノロジー部のメンバーと連携し、実際のプロジェクトにおけるOJTを実施 | 3か月 |
タイプB:現場巻き込みモデル - ボトムアップで変革の熱を伝播させる
DX推進組織が司令塔として指示するのではなく、現場に伴走し、キーパーソンを巻き込みながら、草の根的に成功体験を積み上げていくアプローチです。
- 旭化成:現場のキーマンを口説き落とし、「納得感」を醸成する 同社の特徴は、DX推進組織が現場の事業部門へ強力に働きかける点です。特に、予算権限を持つ現場の課長や係長を「キーマン」として巻き込み、DXがどのような効果を生むかを丁寧に説明し、成功イメージを共有します。これにより現場の「やらされ感」を払拭し、「自分たちのためのDX」という納得感を醸成。育成においても、周囲から「この人についていきたい」と思われる人望のある社員を発掘・アサインし、ボトムアップの変革を力強く推進しています。
- 双日:情報公開とインセンティブで、社員の「やる気」に火をつける 双日は、社員の自律的な学びを促す「動機づけ」に長けています。全役員が出席する会議で各部門のDX研修受講状況を可視化し、健全な競争心を刺激。また、活躍する社員のインタビューを社外向けの統合報告書に掲載し、本人と周囲のモチベーションを高めるロールモデルを提示します。ハイスペックPCの支給といったインセンティブも、実践への意欲を後押しする巧みな仕掛けです。
タイプC:トップダウン変革モデル - 全社的な仕組みで意識と行動を変える
経営層からの強いメッセージと、全社横断的なIT基盤や制度の導入を両輪で進め、社員一人ひとりの意識と行動の変革を促すモデルです。
- 日本電気(NEC):「クライアント・ゼロ」思想で、自社DXを社会価値へ転換 NECは、自社でのDXの取り組みを「クライアント・ゼロ」と位置づけ、その成功体験を顧客や社会への提供価値に繋げる明確な方針を掲げます。顔認証を用いたデジタルIDの全社導入や、経営幹部自らが経営ダッシュボードを日常的に使用するなど、まず自らが徹底的にデジタルを活用。こうした全社的な仕組みの変革と人材育成を一体で進め、DXを「自分たちの仕事そのもの」として捉える文化を醸成しています。
- 日清食品HD:「デジタルを武装せよ」の号令で、全社の意識改革を断行 同社では、CEO自らが「DIGITLIZE YOUR ARMS - デジタルを武装せよ」という強力なスローガンを発信し、トップダウンで意識改革を牽引。DX推進組織は、各部門長に個別でDXの重要性を説いて回り、現場の業務課題を解決するプロジェクトを主導します。課題の洗い出しからアプリ開発まで、「武装」するためのリアルな実践機会を提供することで、生きたスキルを習得できる環境を整えています。
【DX推進の心臓部】2025年以降、最も重要になる「データマネジメント人材」
DXが深化するほど、その成否を分けるのが「データ」の質と活用です。今回の調査では、このデータマネジメントを担う人材の重要性も、各社に共通して浮き彫りになりました。DXを単なる業務改善で終わらせず、新たなビジネス価値の創出に繋げるには、データを適切に管理・活用できる専門人材が不可欠です。
データマネジメントの主な担い手
鍵は「ビジネス」と「技術」の“通訳”ができるか
上記の表が示すように、成功企業に共通しているのは、テクノロジー専門家だけでなく、現場のビジネスを熟知した人材が、テクノロジーへの一定の理解を持ちながら「橋渡し役」として活躍している点です。損害保険ジャパンが「最先端の技術ではなく、本来の保険会社としてのあるべき姿を理解し、推進する視点が重要」と指摘するように、現場の「なぜ?」をデータで解き明かし、技術者に「何を作るべきか」を伝えられる“通訳”の存在が極めて重要になります。彼らが現場の課題とデータを結びつけ、データ活用の「勘所」を押さえることで、データは初めてビジネス価値に変換されるのです。
まとめ:研修メニューを増やす前に、自社の「育成の型」を定めよ
本記事で紹介したトップ企業の事例から、DX人材育成に唯一絶対の正解はなく、自社の企業文化や事業フェーズに合った「型」を見つけることが何よりも重要だとわかります。貴社はどの戦略モデルに近いでしょうか。それとも、これらを組み合わせた独自のモデルを目指すべきでしょうか。
最後に、インタビュー対象企業が実践している具体的なキャリア形成施策の一覧を掲載します。やみくもに研修メニューを増やす前に、まずは自社の戦略タイプに合わせて、明日から取り組めるアクションはどれかを見つけることから始めてみてはいかがでしょうか。DX人材育成の成功は、こうした戦略的な一歩の積み重ねの先にあるのです。
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参考資料: