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スクラム開発でチームのリファクタリング!チームに潜む"問題の兆候"を見抜けていますか?

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「毎週やっているレトロスペクティブ、なんだかマンネリ化している…」「チーム内のコミュニケーションに課題を感じるけど、どう改善すればいいか分からない」。アジャイル開発、特にスクラムにおいて重要なプラクティスである「レトロスペクティブ」。しかし、そのポテンシャルを十分に引き出せず、形骸化してしまっているチームも少なくないのではないでしょうか。チームのパフォーマンスを低下させる要因は、目に見える技術的な問題だけではありません。

本記事では、ブラジルの研究者たちによる論文「The Role of the Retrospective Meetings in Detecting, Refactoring and Monitoring Community Smells」(2025年)に基づき、チーム内に潜む見えにくい問題パターン、 ソーシャル負債(チーム内の不健全な兆候) をレトロスペクティブでいかに特定し、改善し、そして予防していくかについて解説します。

あなたのチームにも潜む?「ソーシャル負債」とは

ソフトウェア開発において、「技術的負債」という言葉はよく知られていますが、それと同様にプロジェクトに悪影響を及ぼす可能性のある「ソーシャル負債」という概念があります。これは、チームの人間関係や組織構造といった社会的な側面における理想的でない状態が、将来的にプロジェクトのコスト増加につながる可能性を示唆するものです。

これは、ソフトウェア開発プロセスにおいて、潜在的な問題との間に暗黙的な因果関係を持つ、繰り返される社会的・組織的な状況を指します。放置すると、コミュニケーション不全、知識共有の阻害、開発の遅延などを引き起こし、チームの生産性や健全性を徐々に蝕んでいきます。本研究では、特に以下の4つのソーシャル負債に着目しています。

1. Lone Wolf: 孤立して進む開発者

一匹狼のように、チーム内で他のメンバーとほとんどコミュニケーションを取らず、孤立して作業を進めるメンバーがいる状態です。個人のスキルは高くても、情報共有や連携が不足するため、作業の重複、手戻り、属人化といった問題を引き起こしやすくなります。レトロスペクティブでは、直接的な個人名指しは避けられつつも、「特定の機能改修後に問題が起きたが、誰も経緯を知らなかった」「〇〇さんが抱えているタスクの進捗がチームに共有されない」といった形で、その影響が問題として提起されることがあります。

2. Organizational Silo: 組織的サイロ

チーム内、あるいはチーム間で、特定のグループ(例:開発チームとQAチーム、フロントエンドとバックエンド)の間で見えない壁が存在し、効果的なコミュニケーションや知識・経験の共有が妨げられている状態です。例えば、「特定のプロダクト担当者間でしか情報が共有されず、チーム全体での連携が取れていない」「部門間で方針が異なり、作業に手戻りが多い」といった状況が該当します。これがレトロスペクティブで議論される際には、タスクの遅延や再作業、特定メンバーへの負荷集中といった形で現れることがあります。

3. Radio Silence: 特定メンバーへの情報集中とボトルネック

チームのコミュニケーション構造が、情報を効率的に広めるのに適していない状態です。特定のメンバー(例:テックリード、プロダクトオーナー、特定のスキルを持つシニアメンバー)が情報のハブとなり、その人に確認が集中することで、コミュニケーションの遅延や過負荷が発生します。特に外部(クライアントなど)との依存関係がある場合、「クライアント担当者の〇〇さんしか仕様を把握しておらず、確認待ちで作業が進まない」「テックリードのレビュー待ちタスクが溜まっている」といった形で問題化します。

4. Black Cloud: 組織的な知識共有の欠如

組織全体として、チームメンバー間の社会的な交流や効果的なコミュニケーションを促進する環境が整っておらず、専門知識や経験、進行中のプロジェクトに関する理解の共有がサポートされていない状態です。新しいメンバーがチームに参加した際に、既存メンバーに質問が集中してしまったり、特定の技術領域について学ぶ機会が提供されなかったりする場合などが考えられます。「ユニットテストの書き方について、チーム内で共通認識がなく、人によって品質にばらつきがある」「新メンバーへのオンボーディングが属人的になっている」といった課題がレトロスペクティブで提起されることがあります。

なぜ「レトロスペクティブ」で特定されるのか?ソーシャル負債発見のメカニズム

では、なぜこれらの「ソーシャル負債」は、日々のデイリースクラムやレビュー会議ではなく、「レトロスペクティブ」で特定されやすいのでしょうか。それは、レトロスペクティブが「過去のスプリント(作業期間)におけるプロセス、ツール、人間関係、個人のパフォーマンス」など、幅広いテーマについてチーム全体で内省し、改善点を見つけることを目的としているからです。技術的な問題だけでなく、チームの「働き方」そのものに焦点を当てるため、ソーシャル負債のような社会的な問題が議論の対象となりやすいのです。

問題の悪影響が引き金に:負債特定のプロセス

多くの場合、ソーシャル負債は、それ自体が直接的な議題として挙げられるわけではありません。むしろ、その負債が引き起こした具体的な「悪影響」(例: タスクの遅延、予期せぬシステム障害、メンバー間の連携不足による手戻りなど)が、チームメンバーの誰かによって「問題点」として指摘されることから始まります。

ソーシャル負債特定のプロセス ソーシャル負債特定のプロセス

まず、チームメンバーがソーシャル負債による何らかの影響 (Effects) を個人的に、あるいはチームとして感じ取ります。それがレトロスペクティブで状況の共有・問題提起 (Situation Highlight) として表面化し、議論を通じてその根本原因 (Cause) としてソーシャル負債が特定 (Detection) される、という流れです。つまり、ソーシャル負債の「症状」を手がかりに、その「病巣」を突き止めるプロセスがレトロスペクティブで行われていると言えます。

どの負債が報告されやすい?インタビュー調査の結果

研究に参加した15人の実務家へのインタビューでは、調査対象となった4つの主要なソーシャル負債について、自身のチームのレトロスペクティブで実際に言及された経験があるかが尋ねられました。

報告されたソーシャル負債の種類と頻度(15人中)

ソーシャル負債の種類報告した参加者数
Organizational Silo11人
Lone Wolf9人
Radio Silence8人
Black Cloud2人

この表は、どのソーシャル負債がどれくらいの頻度で報告されたかを示しています。15人の参加者のうち、Organizational Siloが最も多く11人によって報告されました。次いでLone Wolfが9人Radio Silenceが8人と、これら3つの負債が多く報告されていることがわかります。一方で、Black Cloudの報告は2人に留まりました。

この結果は、特にチーム内や組織間の連携不足、メンバーの孤立、コミュニケーションのボトルネックといった問題が、多くの現場で実際に課題として認識され、レトロスペクティブで議論されていることを強く示唆しています。

特定から改善へ:レトロスペクティブで定義されるリファクタリング戦略

ソーシャル負債が特定された後、理想的にはチームは具体的な改善策、すなわち「リファクタリング戦略」を定義し、次のスプリントで実行に移します。レトロスペクティブは、まさにこの改善策をチーム全体で議論し、合意形成するための重要な場となります。

議論される主な改善アプローチ

インタビュー調査では、特定されたソーシャル負債に対して、実際にどのようなリファクタリング戦略が定義されたかが明らかにされました。

ソーシャル負債の主なリファクタリング戦略

ソーシャル負債リファクタリング戦略言及した参加者数
Organizational Siloチーム再編成(分割)2
特定領域のメンバー間の契約定義2
チームタスクの調整1
技術・ビジネス文書の改善1
Lone Wolf従うべきプラクティスに関するメンバーまたはチームへのメンタリング3
チームリーダーシップによるタスク調整1
コミュニケーションプロセス改善(ボード、自動アラート)1
Radio Silenceコミュニケーション計画の定義3
他のメンバー、チーム、ステークホルダーへの情報展開2
上司に状況への介入を依頼1
チームメンバーへのメンタリング1
Black Cloud知識・経験を共有する場の設定6
タスク調整の改善1

これは、主な戦略とその戦略に言及した参加者の数を示しています。例えば、Organizational Silo に対しては「チームの再編成」や「特定領域の担当者間の契約定義」、Lone Wolf に対しては「メンタリング」や「タスク調整」、Radio Silence に対しては「コミュニケーション計画の定義」や「関係者への情報展開」、Black Cloud に対しては「知識共有の場の設定」などが挙げられています。これらは、ソーシャル負債に対処するための一般的なプラクティスとして知られているものも多く含まれています。

定義されないケースも:「Lone Wolf」や外部依存の問題

しかし、ソーシャル負債が特定されても、必ずしも具体的な改善策が定義されるわけではない、という実態も報告されています。特に Lone Wolf のように、個人の特性や行動に起因すると見なされる場合、「それは個人の性格の問題だ」として、チームとしてのアクションが取られないことがあります。あるいは、問題を指摘する際に個人を特定するのを避け、一般的な注意喚起に留まることもあります。このような場合、リーダーによる個別面談などで対応が試みられることはあっても、チーム全体の合意に基づくアクションプランにはなりにくい傾向があります。

また、Radio Silence のように、問題の原因がチーム外部のステークホルダー(例:クライアント、他部署の担当者)にある場合も、チーム内の努力だけでは解決が難しく、改善策が定義されなかったり、定義されても効果が限定的だったりするケースが見られました。

改善策は実行されている?モニタリングの実態と課題

レトロスペクティブで改善策(アクションプラン)が定義されたとしても、それが確実に実行され、効果を発揮しているかを継続的に確認する「モニタリング」が行われなければ、本当の意味でのチーム改善にはつながりません。

レトロスペクティブにおけるモニタリングの形

理想的なレトロスペクティブでは、前回の会議で決定したアクションプランの進捗状況や効果を確認する時間が設けられます。

レトロスペクティブにおけるモニタリングのプロセス レトロスペクティブにおけるモニタリングのプロセス

この図が示すように、過去のレトロスペクティブで定義されたリファクタリング戦略 (Defined Refactoring Strategies)結果 (Outcomes) を評価し、現在も問題となっている状況 (Highlighted Situations) と照らし合わせます。これにより、戦略が有効だったか、修正が必要か、あるいは新たな戦略を定義する必要があるかを判断します。このプロセスを通じて、ソーシャル負債に対する取り組みが継続的に行われます。一部のチームでは、アクションアイテムをボードに掲示し、毎回のレトロスペクティブで確認したり、週に1〜2回進捗を確認する習慣を取り入れたりしている例も報告されました。

なぜモニタリングは難しいのか?

しかし、インタビューでは、このモニタリングが一貫して行われていないチームも多いことが明らかになりました。「アクションは定義するけれど、その後のフォローアップがない」「前回の決定事項を確認せずに、その場の問題だけを議論してしまう」といった声が聞かれました。

モニタリングが形骸化する理由としては、単純な習慣の問題だけでなく、アクションの実行責任者が不明確であることや、効果測定が難しいこと、あるいは短期的な成果が見えにくいために優先度が下がってしまうことなどが考えられます。ソーシャル負債のような根深い問題を解決するには、一度の改善策だけでは不十分な場合が多く、継続的なモニタリングと状況に応じた戦略の見直しが不可欠です。

ポジティブな側面に光を当て、負債を予防する

レトロスペクティブは、どうしても「問題点」や「改善点」といったネガティブな側面に議論が集中しがちです。しかし、研究では、ポジティブな側面に意図的に目を向けることが、ソーシャル負債の予防に貢献する可能性が示唆されています。

レトロスペクティブで共有される「良かった点」とは?

参加者たちは、レトロスペクティブで「今回のスプリントで良かったこと」「感謝したいこと」なども共有していると報告しています。

レトロスペクティブでハイライトされるポジティブな側面

IDポジティブな側面具体例 (抜粋)言及した参加者数
1チームエンゲージメント「チーム全員の振る舞い、一体感、コミットメント」7
2良好なコミュニケーション「コミュニケーションはとてもスムーズだった…特に我々はネイティブスピーカーではないのに海外チームと話していたから」
「チーム間のコミュニケーションが良いとしばしば言及される」
7
3新メンバーの加入「新しいメンバーが加わることは、追加の労働力なのでポジティブな点だ」3
4メンバーの貢献への認識・称賛「レトロスペクティブで個人の貢献を称賛するのが本当に好きだった。例えば、POが最後のスプリントで一生懸命働き、問題に立ち向かい、本当によくサポートしてくれたことを見た」3
5感謝の表明「週やスプリント中に助けてくれた他のチームメンバーへの感謝」1
6心理的安全性の高い環境「チームメンバー間には大きな信頼がある。我々は非難志向のアプローチを求めない。問題があった。誰の責任か?我々はそれを採用しない。我々は問題解決に集中する」1

上記の表は、インタビューで挙げられたポジティブな側面の例です。「チームのエンゲージメント(一体感、コミットメント、協力)」「良好なコミュニケーション」「新しいメンバーの加入」「メンバーの貢献への認識・称賛」「感謝の表明」「心理的安全性の高い環境」などが含まれています。これらは、効果的なチームワークに不可欠な要素であり、ソーシャル負債が発生しにくい健全なチーム状態を示していると言えます。

ポジティブな要素がチームと負債予防にもたらす好影響

では、なぜポジティブな側面に焦点を当てることが、ソーシャル負債の予防につながるのでしょうか?

ポジティブな側面によるソーシャル負債予防の概念図 ポジティブな側面によるソーシャル負債予防の概念図

ポジティブな側面とソーシャル負債の関連性(チームワーク要因経由) ポジティブな側面とソーシャル負債の関連性(チームワーク要因経由)

これらの図は、そのメカニズムを示唆しています。レトロスペクティブでポジティブな側面を共有・強調 (Highlight of Positive Aspects) することは、メンバーのポジティブな感情 (Positive Emotions) を生み出し、望ましい行動への正の強化 (Positive Reinforcement) となります。これが、効果的なチームワークのための重要な要素 (Critical Factors for Teamwork Effectiveness)(例:良好なコミュニケーション、協力、心理的安全性など)を育むことにつながります。そして、これらの要素が充実しているチームは、ソーシャル負債が発生する原因を減らし (associates)、結果としてソーシャル負債の発生を回避 (avoids) しやすくなる、という考え方です。つまり、チームの良い点を認識し、称賛し合う文化を育むことが、間接的にチームを問題から守る防波堤となるのです。

まとめ:レトロスペクティブを活性化し、健全なチームを作るために

本記事では、研究論文に基づき、アジャイル開発におけるレトロスペクティブが、チーム内に潜む問題パターン「ソーシャル負債」の特定、改善(リファクタリング)、モニタリング、そして予防において果たす役割について解説しました。

重要なポイント:

  • 特定: レトロスペクティブは、ソーシャル負債が引き起こす具体的な悪影響を手がかりに、その根本原因を特定する貴重な機会です。特に、チームや組織の連携、コミュニケーションに関する問題が議論されやすい傾向があります。
  • 改善: 特定された負債に対し、チーム再編、メンタリング、コミュニケーション計画の定義といった改善策が議論されます。しかし、個人要因や外部要因が絡むと、具体的なアクションに至らないケースもあります。
  • モニタリング: 定義された改善策の効果を継続的に確認することが重要ですが、実際にはフォローアップが不十分なチームも少なくありません。アクションの責任者を明確にし、定期的に進捗を確認する仕組みが必要です。
  • 予防: 問題点だけでなく、チームの「良かった点」やポジティブな側面に光を当てることで、メンバーのモチベーションを高め、良好なチームワークを育むことができます。これが、ソーシャル負債が発生しにくい健全な土壌を作ることにつながります。

レトロスペクティブを単なる形式的なイベントに終わらせず、チームの課題と向き合い、継続的な改善を促すためのエンジンとするためには、これらの点を意識することが重要です。ソーシャル負債の兆候に気づき、チーム全体でオープンに話し合い、具体的なアクションにつなげ、その効果を粘り強く追いかける。そして、時にはチームの成功や良い点を認め合い、称賛し合う。こうした地道な取り組みを通じて、あなたのチームはより強く、健全に成長していくことができるでしょう。


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