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「技術的負債」の責任は個人かチームか。開発現場の根深い課題を解明

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ソフトウェア開発の現場で頻繁に耳にする「技術的負債」。納期のプレッシャーや仕様変更への対応の中で、理想的ではないコードやアーキテクチャを受け入れざるを得ない状況は、多くの開発者が経験していることでしょう。この負債は、将来の開発速度を低下させ、システムの不安定性を招く要因となりますが、その責任の所在は曖昧になりがちです。果たして、技術的負債は誰が支払うべきなのでしょうか。

本記事では、Aalto Universityの研究者らによる論文「Who should pay for technical debt? Exploring software professionals perceptions about technical debt accountability」に基づき、ソフトウェア専門家が技術的負債の責任をどのように捉えているのか、そしてその背景にある要因について深く掘り下げていきます。

あなたのチームの負債はどちらのタイプ?「協調的TD」と「非協調的TD」

技術的負債と一言で言っても、その発生経緯は様々です。論文では、技術的負債(TD)を大きく2つのタイプに分類しています。

  • 協調的TD(Coordinated TD): チームや組織レベルでの合意に基づき、戦略的・戦術的な理由(市場投入の迅速化など)から意図的に引き受ける負債。
  • 非協調的TD(Uncoordinated TD): 個々の開発者が戦略的な意図なく、独自の判断やスキル不足、不注意などによって生み出してしまう負債。

ビジネス上の判断として意図的に発生する「協調的TD」に対し、日々の開発業務の中でいつの間にか蓄積していくのが「非協調的TD」です。多くの開発現場で問題となるのは、後者の「非協調的TD」の扱いや責任の所在ではないでしょうか。

責任は個人か、チーム全体か?専門家たちの見解

研究チームが25人のソフトウェア専門家(開発者、マネージャーなど)にインタビューした結果、特に「非協調的TD」に対する責任の所在について、見解が大きく2つに分かれることが明らかになりました。

  • チーム全体に責任がある: 多くのシニア専門家や品質保証の担当者は、チーム全体で責任を負うべきだと考えています。彼らは、個人のミスを責めるのではなく、対話やコンセンサス形成を通じて相互に学び、チームとして品質を担保する仕組みが重要だと強調します。
  • 開発者個人に責任がある: 一方で、開発者や一部のリーダーは、最終的にはコードを書いた個人が責任を負うべきだと考えています。この考え方の背景には、個人が自らの決定に責任を持つことで、ミスから学び、自己規律を高めることができるという期待があります。

協調的TDの責任は、ビジネス判断を下した経営層やプロダクトマネージャーにあるという点では多くの意見が一致しましたが、非協調的TDについては、チームの文化や構造によって意見が分かれるようです。

なぜ責任の所在が曖昧になるのか?認識を歪める5つの要因

では、なぜこのように責任の捉え方が変わるのでしょうか。論文の分析によると、専門家の責任認識は、以下の5つの相互に関連する要因によって形成されていることが示唆されています。

図表1: TDアカウンタビリティの認識に影響を与える要因

TDアカウンタビリティの認識に影響を与える要因

  1. 制約(Constraints): 時間、リソース、人員の不足といった制約は、品質を犠牲にする判断(協調的TD)につながりやすいです。
  2. 開発コンテキスト(Development Context): プロトタイプ開発のようなスピード重視の状況では、ショートカットが許容されやすい一方、大規模で成熟したプロダクトでは品質が厳しく問われます。
  3. 開発者の態度(Developer Attitude): 開発者自身の品質ルールに対する姿勢や、スキル、経験、時にはエゴや無関心も、非協調的TDの発生に影響します。
  4. チーム文化(Team Culture): チームリーダーや同僚が品質をどれだけ重視しているか、コードレビューが学習の機会と捉えられているか、といった文化が、個人の行動に大きく影響します。
  5. アカウンタビリティの仕組み(Accountability Arrangements): 設計やコードに関するルール(前向きのアカウンタビリティ)や、コードレビューなどの評価プロセス(後ろ向きのアカウンタビリティ)がどの程度、どのように運用されているかが、責任認識の鍵を握ります。

これらの要因が複雑に絡み合うことで、「この技術的負債は仕方ない」「これは個人の責任だ」といった現場の空気が醸成されていくのです。

犯人探しで終わらせない。健全な「アカウンタビリティ」の育て方

本研究が最も重要な要素として指摘しているのが、「アカウンタビリティの仕組み」、つまり責任の所在を明確にし、責務を果たすためのルールやプロセスです。重要なのは、単にルールを設けて違反者を罰することではありません。

研究によると、こうした責任を果たすための仕組みが、厳格な管理と統制を目的とする「官僚的な」方法で運用される場合、開発者は個人の責任として負債を捉えがちになります。一方で、対話やコンセンサス形成を重視する「民主的な」方法で運用される場合、チームは負債をチーム全体の問題として捉え、協力して解決しようとする傾向が強まります。

健全な品質文化を持つチームでは、 アカウンタビリティ(責務を全うすること) は「犯人探し」の道具ではなく、チームメンバーが互いに学び、品質に対する共通理解を深めるための「学習と対話のメカニズム」として機能します。コードレビューは批判の場ではなく、知識を共有し、より良いコードを共に目指すための建設的な対話の場となるのです。

まとめ:技術的負債と向き合うための第一歩

技術的負債の責任を誰か一人に押し付けることは、問題の根本的な解決にはなりません。今回の研究は、技術的負債の問題が、個人のスキルや意識だけでなく、チームの文化や組織の仕組みに深く根差していることを明確に示しています。

重要なのは、責任の所在を一方的に決めることではなく、自分たちのチームがどのような文化や仕組みの中にいるのかを客観的に見つめ直すことです。そして、アカウンタビリティが罰則や統制のためではなく、チーム全体の学習と成長を促すための前向きなメカニズムとして機能するよう、対話を重ねていくことが、技術的負債と健全に向き合うための第一歩と言えるでしょう。


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参考資料:

Author: vonxai編集部

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