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AIは開発速度を向上させるか?Google社内実験が示す、開発支援ツールの実力

ソフトウェア開発の現場を変革するAIの可能性
ソフトウェア開発の現場に、AI活用の波が押し寄せています。コードの自動生成やバグ検出など、AIを活用した開発支援ツールは、エンジニアの強力なパートナーになりつつあります。しかし、これらのツールは本当に開発生産性の向上に寄与するのでしょうか?
今回、Googleが社内エンジニアを対象に実施した興味深い実験結果 「How much does AI impact development speed? An enterprise-based randomized controlled trial」から、AI支援ツールが開発現場にもたらすリアルな効果に迫ります。
Googleが実施した、3つのAI支援ツール実験
Googleは、96名のソフトウェアエンジニアを対象に、以下の3つのAI機能を備えた開発支援ツールの効果を検証する実験を行いました。
- AIコード補完: エンジニアがコードを書き始めると、文脈を理解し、続きを予測して、次のコードを提案します。
- スマートペースト: コピー&ペーストしたコードを、貼り付け先の文脈に合わせて自動的に修正。
- 自然言語からコードへ: 「このデータを使って、こういう処理をする関数を作りたい」といった自然言語での指示を、コードに変換。
AI機能を使ったグループ(実験群) と 使わなかったグループ(対照群) に分け、実際の業務に近い複雑なC++での開発タスクに取り組んでもらったところ、明確な差が認められました。
AI利用で開発速度は平均21%向上、ただし、適正なツール利用が肝要
結果として、AI機能を使ったグループ(実験群)は、使わなかったグループ(対照群)に比べて、タスクの完了速度が平均で約21%も速かったのです(ただし、この数値にはばらつきがあり、統計的に有意でないとされています)。
この結果は、AI支援ツールが開発の効率化に有効であることを示唆しています。しかし、この結果を鵜呑みにするのではなく、その背景にある要因を精査することが重要です。
開発者の属性とAI活用の関係性:経験とコーディング時間が鍵
本研究では、開発者の属性(経験レベル、普段のコーディング時間など)と、AIツール利用によるタスク完了速度との関係性も分析しています。
開発者属性の比較 - AIは経験豊富な長時間コーダーを強力にサポート
以下の表は、AIツールを利用した開発者(実験群)としなかった開発者(対照群)の属性を比較したものです。
表I. 各変数の各条件における平均値と標準偏差(括弧内)、そしてt検定の結果
変数 | 対照群 | 実験群 | 差 | p値 |
---|---|---|---|---|
平均プログラミング時間 | 0.28 (0.45) | 0.44 (0.50) | -1.64 | 0.104 |
開発者のレベル | 4.40 (0.87) | 4.35 (0.91) | 0.23 | 0.819 |
AI使用頻度(分野数) | 2.98 (2.60) | 3.62 (2.86) | -1.16 | 0.249 |
C++経験者 | 0.62 (0.49) | 0.63 (0.49) | -0.08 | 0.937 |
ログ分析経験 | 1.23 (0.88) | 1.40 (0.77) | -0.99 | 0.325 |
- 経験レベルとAI活用の関係: 開発者のレベル(経験年数)を見ると、実験群(4.35)と対照群(4.40)で大きな差は見られませんでした。このことから、AIツール利用の有無は、開発者の経験年数そのものとは直接的な関連性が低い可能性が示唆されます。一方で、日常的にAIツールを利用している開発者は、そうでない開発者に比べ、本実験でAIツールをより効果的に活用する傾向が見られました(実験群3.62と対照群2.98)。経験豊富な開発者は、AIツールを積極的に活用することで、その効果を最大化できる 可能性が示唆されています。
- コーディング時間とAI活用の関係: 1日あたりの平均プログラミング時間を見ると、実験群(0.44)は対照群(0.28)に比べ、普段から長時間コーディングを行っていることが分かります。長時間にわたるコーディングを行う開発者ほど、AIツールの支援によって、作業効率を大幅に改善できる 可能性が示唆されます。
これらの結果から、経験が豊富で、かつ日常的に長時間コーディングに携わる開発者は、AIツールを積極的に活用することで、その効果を最大限に享受できる と考えられます。
開発速度に影響を与える要因 - AIは長時間コーディングを効率化
以下の表は、様々な要因がAIツール利用による開発速度向上にどのように影響するかを、4つの異なるモデルを用いて分析しています。
- 全体: 全ての変数を用いて、開発速度との関係性を分析。
- 開発者属性: 開発者の属性(平均プログラミング時間、開発者のレベル、AI使用頻度)と開発速度の関係性に焦点を当てて分析。
- タスク属性: タスクの属性(C++経験者、ログ分析経験)と開発速度の関係性に焦点を当てて分析。
- 交互作用: 平均プログラミング時間とAIツール利用の交互作用に焦点を当てて分析。
表II. タスク完了までにかかった時間の対数を従属変数とした回帰分析の要約。標準化されていない推定値を、平均の標準誤差(括弧内)とともに示します。
全体 | 開発者属性 | タスク属性 | 交互作用 | |
---|---|---|---|---|
AI利用 | -0.25. (0.14) | -0.24. (0.14) | -0.30* (0.14) | -0.14 (0.17) |
平均プログラミング時間 | -0.38* (0.15) | -0.38* (0.15) | -0.16 (0.22) | |
開発者のレベル | -0.16. (0.08) | -0.16* (0.08) | ||
AI使用頻度(分野数) | -0.01 (0.03) | 0.00 (0.03) | ||
C++経験者 | 0.02 (0.15) | 0.06 (0.15) | ||
ログ分析経験 | 0.05 (0.09) | 0.02 (0.09) | ||
交互作用項 | -0.29 (0.29) | |||
p値 | 0.040 | 0.011 | 0.209 | 0.018 |
- AI利用は開発速度を向上させる: 「実験条件」の項目を見ると、「全体」「開発者属性」「タスク属性」で、より大きい負の値が示されています。これは、AIツールの利用が開発速度の向上に寄与する 傾向を示唆しています。
- 「プログラミング時間」が与える影響: 「平均プログラミング時間」を見ると、「全体」「開発者属性」「交互作用」で負の値が示されています。普段のプログラミング時間が長い開発者ほど、AIツール利用による開発速度向上効果が大きい ことを示唆しています。
- 経験年数の影響: 「開発者のレベル」の項目からは、開発者の経験年数と開発速度との間に明確な関連性は見られません。しかし、表Iの結果と併せて考察すると、経験豊富な開発者は、日常業務において既にAIツールを活用しているため、本実験では経験年数による明確な差が生じなかった と推測されます。
これらの結果を総合すると、特に日常的に長時間コーディングに携わり、かつ、AIツールを積極的に活用する経験豊富な開発者は、AI支援による効率化の恩恵を大きく受けられる 可能性が示唆されます。
AI時代の開発現場 - 人間に求められる高度なスキル
今回のGoogleの実験結果は、AI支援ツールが開発現場に革新をもたらす可能性を示しています。しかし、それは「エンジニアの仕事がなくなる」ことを意味しません。
むしろ、AIを使いこなし、より複雑で高度な開発を行うために、エンジニアには新たなスキルが求められるようになるでしょう。
例えば、以下のような能力が、今後ますます重要になると考えられます。
- AIが生成したコードを、迅速かつ正確にレビューし、修正する能力
- AIに対して、的確な指示を与え、意図した通りのコードを生成させる能力
- AIでは解決困難な、複雑な問題を発見し、解決する能力
まとめ - AIと人間の協働が、未来の開発を加速する
GitHub Copilot をはじめとする様々な AI支援ツールが登場し、注目を集めています。しかし、本研究で示されたように、AIツールはあくまでも「ツール」であり、「万能薬」ではありません。 開発者は、ツールの特性を理解し、適切に活用することで、初めてその真価を発揮できるのです。
AIは、エンジニアにとって強力な「ツール」となる可能性を秘めています。しかし、その力を最大限に引き出すためには、人間側のスキルの高度化も不可欠です。 AIと人間が互いの強みを活かし、協力し合うことで、未来の開発はさらに加速していくことでしょう。
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参考資料: