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ハイブリッドワーク時代のアジャイル開発:成功への7つのヒント - テクノロジーと産業企業の実践事例から学ぶ

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新型コロナウイルス感染症のパンデミック以降、多くの企業が在宅勤務(WFH)を導入し、従業員の生産性を維持、あるいは向上できることが明らかになりました。そして現在、リモートワークに慣れた従業員は、ハイブリッドワークという柔軟な働き方を好む傾向にあります。

一方、ソフトウェア開発の現場では、アジャイル開発が主流となっています。アジャイル開発は、迅速かつ柔軟な開発を可能にする手法として注目を集めていますが、その原則は対面でのコミュニケーションを重視しています。従来は、メンバーが同じ場所に集まって作業するコロケーションが理想とされてきましたが、ハイブリッドワークの普及に伴い、アジャイル開発をどのように適応させるかが重要な課題となっています。

本記事では、これらの疑問を解消すべく、フィンランドのラーンアンタ=ラハティ工科大学で実施した調査レポート「Adapting agile software development in hybrid work environments through a comparative multiple case study」を元に、ハイブリッドワーク環境でアジャイル開発に取り組む2つの企業(テクノロジー企業産業企業)の事例を紹介します。この調査では、アジャイル開発とハイブリッドワークを導入している2社(グローバルに展開するテクノロジー企業のフィンランド拠点と、フィンランド国内に複数の拠点を置く急成長中の産業企業)を対象に、2023年11月から2024年2月にかけて、合計39名に半構造化インタビューを実施しました。

各社がどのようにハイブリッドワークを実践しているのか、その実態に迫りながら、ハイブリッドワークでアジャイル開発を成功させるためのヒントを探ります。また、従業員へのインタビュー調査から明らかになった、ハイブリッドワークに対する意識や実践している工夫、そして企業が取り組むべき課題と解決策についても解説します。

調査対象企業概要

項目テクノロジー企業産業企業
企業規模約700名約700名
主要産業テクノロジー産業
拠点フィンランド国内に1拠点(本研究の対象) グローバルに複数拠点フィンランド国内に複数拠点
特徴長年の経験を持つ、安定した企業急成長中の若い企業
アジャイルフレームワーク SAFe LeSS から着想を得た大規模アジャイル DAD から着想を得た大規模アジャイル
アジャイル導入時期2009年2017年
アジャイル原則クロスファンクショナル、学習と知識共有の機会創出、継続的な変化、個とチームの能力を最大限に発揮チームと個人の自律性、実験と経験主義の文化、継続的な振り返りと反復、ギルドとユニットレベルのイベントによる調整
社員の経験年数10年以上の社員が多い3年未満の社員が多い

ハイブリッドワークにおけるアジャイル開発の適応戦略:2社の比較

調査の結果、ハイブリッドワーク環境におけるアジャイル開発の適応に関して、企業規模、事業内容、企業文化などによって、最適な戦略が異なることが明らかになりました。ここでは、組織レベル、ユニットレベル、チームレベルの3つの視点から、各社の戦略を比較し、それぞれの特徴を解説します。

1. 組織レベル:働き方の柔軟性とサポート体制

両社は、従業員の働き方の柔軟性を高めるために、さまざまな施策を導入しています。

施策テクノロジー企業産業企業
オフィスへの出社ガイドライン週2日ユニットイベントへの参加(例:1.5ヶ月ごと)
コアタイム9:00~15:00(前後2時間の調整可能)9:00~14:00(6:00~21:00の間で勤務可能)
デスクポリシーフリーアドレスフリーアドレス
会議室MS Teams対応の大会議室、モニター付きの小会議室MS Teams対応の大会議室、電話ブース、ラウンジエリア
在宅勤務サポート在宅勤務用の設備を提供在宅勤務用の設備を提供
オンボーディングプロセスチーム内での緊密なコラボレーションとメンターシップ、オンサイト勤務の重視2.5日間のブートキャンプ、最初の数日間のプログラム、4~5ヶ月後のフォローアップ

テクノロジー企業は、週2日のオフィス勤務を推奨する、比較的伝統的なハイブリッドモデルを採用しています。これは、安定したルーティンと、仕事とプライベートの明確な区別を好む従業員に適したモデルです。また、固定のコアタイムと調整可能な時間帯を設けることで、予測可能なスケジュールを維持しつつ、従業員の多様な働き方にも対応しています。

一方、産業企業は、イベントベースの柔軟な出勤ポリシーを採用しています。例えば、1.5ヶ月ごとに開催されるユニットイベントへの参加を必須とする一方で、それ以外の日はリモートワークを基本としています。このポリシーは、フィンランド各地に拠点を持ち、従業員が地理的に分散している同社の状況に適しています。また、コアタイムの前後に長い柔軟な時間帯を設けることで、従業員のワークライフバランス向上に寄与しています。

さらに、両社ともフリーアドレスを導入し、オフィスの利用効率を高めています。また、MS Teamsなどのオンライン会議システムに対応した会議室を整備し、ハイブリッド会議を円滑に行える環境を整えています。

新入社員のオンボーディングに関しては、テクノロジー企業はチーム内での緊密なコラボレーションとメンターシップを重視し、オンサイト勤務を通じて、企業文化への適応を促進しています。一方、産業企業は、2.5日間のブートキャンプと、入社後数日間のプログラム、そして4~5ヶ月後のフォローアップミーティングを含む、体系的なオンボーディングプログラムを用意しています。これにより、新入社員は、企業文化、業務内容、そしてアジャイル開発の進め方について、短期間で理解を深めることができます。

これらの取り組みから、両社とも、従業員が柔軟かつ効率的に働ける環境を整備するために、さまざまな工夫を凝らしていることがわかります。

2. ユニットレベル:アジャイル手法の最適化と自律的なチーム運営

次に、ユニットレベルでの取り組みを見ていきましょう。ここでは、アジャイル手法の適用方法、チーム運営、リーダーシップのスタイルなどに違いが見られました。

指標テクノロジー企業 ユニット1テクノロジー企業 ユニット2産業企業 ユニット
オフィス勤務日火曜日と木曜日を固定チームの合意に基づくユニットイベントへの参加
アジャイルフレームワーク2週間のスプリントでスクラムを厳格に適用スクラムとカンバンを組み合わせ、柔軟性を確保チームによってカンバン、スクラムを使い分け
チーム運営平均8名、自律的、実験と改善を重視、クロスファンクショナル平均5名、自律的、実験と改善を重視、クロスファンクショナル平均7名、自律的、実験と改善を重視、クロスファンクショナル
リーダーシッププロダクトオーナーがスクラムマスターの役割の一部を担うチームコーチの役割をローテーション開発者がコーチを兼任、アジャイルコーチギルド
マネジメントサポート月次1on1ミーティング月次1on1ミーティング月次1on1ミーティング
イベントスプリントレビュー、インクリメント変更、レトロスペクティブスプリント変更ユニットデー、夏祭り、クリスマスパーティーなど
コミュニティ/ナレッジ共有オープン/クローズド勉強会、公式コーヒーブレイク、非公式のコミュニティづくりと情報共有オープン/クローズド勉強会、情報共有イベント、非公式のコミュニティづくりと情報共有ギルド、ハッカソン、ワークショップ、非公式の情報共有

テクノロジー企業のユニット1は、毎週火曜日と木曜日を固定のオフィス勤務日とし、全チームがこのルールに従っています。これにより、チーム間の同期や対面でのコラボレーションを促進しています。アジャイル手法としては、2週間のスプリントでスクラムを厳格に適用し、計画的かつ規律ある開発を推進しています。また、プロダクトオーナーがスクラムマスターの役割の一部を担うことで、リーダーシップの効率化を図っています。

一方、ユニット2では、チームの裁量でオフィス勤務日を決定できる、より柔軟なアプローチを採用しています。アジャイル手法についても、スクラムとカンバンを組み合わせることで、変化への適応力を高めています。さらに、チームコーチの役割をメンバーが交代で担うことで、リーダーシップの育成とチームの自律性向上を図っています。

産業企業のユニットでは、特定の職種にとらわれず、全員が開発に携わることを示す「開発者」という呼称を用い、その中の数名が、交代でコーチ役を担っています。また、アジャイルコーチのギルドを形成し、組織全体でアジャイルの実践レベルを高める取り組みを行っています。

3つのユニットに共通しているのは、チームの自律性を重視している点です。各チームは、自分たちで意思決定を行い、実験と改善を繰り返しながら、最適な働き方を模索しています。また、オープン/クローズド勉強会ギルドハッカソンなどの取り組みを通じて、チームやユニットの枠を超えた、知識共有とコラボレーションを促進しています。

3. チームレベル:変化に適応し続ける、アジャイルな働き方

ここでは、日々の業務におけるチームの工夫や、ハイブリッドワーク環境で実践されている効果的なプラクティスを見ていきましょう。

効果的なプラクティス

  • デイリースタンドアップ:多くのチームが、特にリモート環境で、チームの連携を維持するために効果的であると評価しています。多くのチームが、カメラをオンにして実施することで、互いの表情や反応を確認しながら、円滑なコミュニケーションを図っています。ただし、長時間の会議は避け、10-30分程度で簡潔に実施することが重要です。
  • スプリントレビューとレトロスペクティブ:産業企業では、カンバンからスクラムへの移行に伴い、これらのイベントの価値を再認識しています。定期的な振り返りは、チームの成長に欠かせません。
  • ブレーンストーミング:テクノロジー企業では、特にアイデア出しなどクリエイティブな作業を必要とする際には、付箋なども活用できる、対面での実施が効果的であると評価されています。
  • ユーザーストーリー作成と見積もり:両社とも、プロダクトオーナーとチームメンバーが共同で実施しています。テクノロジー企業では、 Jira に加え、オンラインホワイトボードツールの Miro を併用し、リモート環境でも円滑な共同作業を実現しています。
  • ペアプログラミング/モブプログラミング:テクノロジー企業では、経験豊富なメンバー間の迅速な問題解決に効果的です。産業企業では、知識共有や新入社員のオンボーディングに活用されています。

従業員の意識:ハイブリッドワークは本当に良いのか?

ここでは、従業員へのインタビュー調査から得られた、ハイブリッドワークに対する意識や評価、そして実践している工夫について解説します。

ハイブリッドワークへの評価

調査の結果、従業員の多くがハイブリッドワークに肯定的な意見を持っていることがわかりました。特に、以下のような点が評価されています。

  • 柔軟性:勤務場所と勤務時間を柔軟に選択できることは、従業員にとって大きなメリットです。
  • 集中力の向上:自宅では、周囲の邪魔が少なく、集中して作業に取り組むことができます。
  • ワークライフバランス:通勤時間の削減などにより、仕事とプライベートの両立が容易になります。
  • 生産性:多くの従業員が、ハイブリッドワークによって生産性が向上したと感じています。
  • 幸福度:運動などの活動時間が増え、心身の健康増進に効果的であると感じている従業員もいます。

ハイブリッドワーク環境で従業員が実践している工夫

  • ロケーションベースのタスク配分:集中が必要な作業は自宅で、コラボレーションが必要な作業はオフィスで行うなど、場所の特性を活かしたタスク配分を実践している従業員が多く見られました。
  • マルチタスキング:特にリモート会議中に、メール対応や別タスクを並行して行うことで、時間を有効活用しています。しかし、会議への集中力低下を懸念する声もあり、バランスの取れた運用が重要です。
  • 積極的なコミュニケーション:リモート環境では、意識的にコミュニケーションを取ることが重要です。多くの従業員が、チャットツールなどを活用し、こまめに連絡を取ったり、雑談の機会を設けたりすることで、チーム内のコミュニケーションを活性化させています。

ハイブリッドワークにおける課題

一方、課題としては、主に以下の点が挙げられました。

  • コミュニケーション:情報の非対称性、過剰なチャネル、非同期コミュニケーションによる誤解などの課題が報告されています。特に、リモートとオンサイトの従業員が混在するハイブリッド環境では、情報の伝達にムラが生じやすく、意識的な情報共有が重要となります。具体的には、以下のような課題が挙げられています。
    • 情報の非対称性:オフィスにいる人とリモートワークの人で、情報の伝達に差が生じ、チームの一体感や目標の共有が難しくなる。
    • 過剰なチャネル:コミュニケーションツールが多すぎると、情報が分散してしまい、必要な情報を見つけにくくなる。
    • 非同期コミュニケーション:リアルタイムでのやり取りが難しい場合、認識の齟齬や誤解が生じやすくなる。
  • 会議:会議の多さ、目的や参加者の不明確さ、リモート参加者の参加の難しさなどが課題として指摘されています。特に、ハイブリッド会議では、オンサイトの参加者とリモートの参加者の間に、温度差が生じやすいことが問題視されています。具体的には以下のような課題が挙げられています。
    • 会議の過多:不要な会議、あるいは目的が不明瞭な会議が多く、本来の業務に集中する時間を確保できない。
    • 参加者の不明確さ:誰が参加すべき会議なのかが明確でなく、無関係な会議に時間を費やしてしまう。
    • リモート参加の難しさ:ハイブリッド会議では、リモート参加者が発言しにくい、あるいは議論についていけないといった問題が発生しやすい。
  • オフィス環境:フリーアドレスへの不満、オープンスペースの騒音、会議室の設備不足など、オフィス環境に関する課題も報告されています。特に、テクノロジー企業では、フリーアドレスによって、チームメンバーが近くに座れない、私物を置けないなどの不満が生じています。具体的には、以下のような課題が挙げられています。
    • フリーアドレスへの不満:毎日座る場所が変わることで、落ち着いて仕事ができない、チームメンバーと離れてしまうなどの不満が生じる。
    • オープンスペースの騒音:周囲の会話や雑音が気になり、集中力を維持するのが難しい。
    • 会議室の設備不足:会議室の数が足りない、あるいは設備が古いなどの問題により、円滑な会議運営が妨げられる。
  • 通勤:長い通勤時間や交通の便の悪さは、従業員の負担となっています。

まとめ:ハイブリッドワークでアジャイル開発を成功させるための7つのヒント

  1. 柔軟な働き方を推進:従業員が、自身の業務内容や好みに合わせて、勤務場所や勤務時間を柔軟に選択できる環境を整備する。
  2. 効果的なコミュニケーション戦略を確立:情報の非対称性をなくし、円滑なコミュニケーションを実現する。
  3. チームの状況に合わせたアジャイルプラクティスの適応:チームの成熟度やプロジェクトの特性に応じて、アジャイル手法を柔軟に適用する。
  4. 継続的な改善:定期的に従業員からフィードバックを収集し、プラクティスや環境を改善していく。
  5. チームの自律性の尊重:チームに権限を委譲し、主体的な意思決定を促す。
  6. オンボーディングの強化:新入社員がスムーズに業務に適応できるよう、充実したオンボーディングプログラムを提供する。
  7. オフィス環境の整備:従業員が快適に働けるよう、オフィス環境を整備する(音の問題、視覚的な問題などにも配慮する)。

今後の展望

ハイブリッドワークは、今後ますます普及していくことが予想されます。企業は、従業員のニーズや業務の特性を踏まえ、最適なハイブリッドワークの形態を模索していく必要があるでしょう。

例えば、以下のような取り組みが考えられます。

  • ハイブリッドワークに関するガイドラインの策定:出社頻度、コミュニケーションルール、会議の開催方法など、明確なガイドラインを策定することで、従業員の混乱を防ぎ、円滑な業務遂行を支援することができます。
  • デジタルツールの活用:コミュニケーションツール、プロジェクト管理ツール、オンラインホワイトボードなど、ハイブリッドワークを支援するデジタルツールを積極的に活用する。
  • オフィスの役割の見直し:オフィスを、単なる「作業場所」としてではなく、コラボレーションやイノベーションを促進するための「場」として再定義する。

本調査で得られた知見が、ハイブリッドワーク環境におけるアジャイルソフトウェア開発のさらなる発展に貢献することを期待します。


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参考資料: