Home

公開日

ソフトウェア開発にOKRは有効か?課題と7つの解決策

img of ソフトウェア開発にOKRは有効か?課題と7つの解決策

近年、ビジネス環境の変化が加速する中で、迅速な目標設定と柔軟な軌道修正を可能にするOKRが注目を集めています。 インテル、グーグル、ゲイツ財団、YouTube、アドビ、インテュイットなど、多くの成功した大企業では、OKR(Objectives and Key Results:目標と主要な結果) フレームワークが採用されています。OKRは、組織全体の目標を達成するために、組織、チーム、個人の目標を一致させ、戦略的な結果を達成するための進捗を測定する明確で測定可能な主要な結果を設定することで、組織の目標設定方法として知られています。

OKRは、当初インテルで、その後多くの大企業でイノベーション、アライメント、組織の集中を促進するためにうまく利用されてきました。データと測定に重点を置くというOKRの特性は、データ駆動型の意思決定を重視するソフトウェア企業にとって魅力的なものです。ソフトウェア開発の分野でも、アジャイル開発などの手法との親和性の高さから、OKRを導入する企業が増加傾向にあります。しかし、ソフトウェア組織におけるOKRの活用実態や効果に関する研究は、これまで十分に行われてきませんでした。

マイクロソフトにおけるOKR導入調査

こうした背景から、マイクロソフトの研究チームは、 同社内の4,000人以上のエンジニアを擁する一つの部門がOKRフレームワークを採用した際の経験を調査しました。 本調査は、2024年に開催されたソフトウェアエンジニアリングに関する国際会議「ICSE-SEIP」で発表された論文「Objectives and Key Results in Software Teams: Challenges, Opportunities and Impact on Development」に基づいています。本調査では、同部門のマネージャーおよびエンジニア、計47人へのインタビューと、512人からのアンケート調査結果を詳細に分析し、OKR導入における課題を明らかにし、効果的な運用方法を探りました。

調査で明らかになったOKR導入の6つの課題

本調査は、マイクロソフト社内の一組織におけるOKR導入実態を詳細に調査したものです。調査の結果、OKRを導入・運用する際には、いくつかの課題に直面することが明らかになりました。特に、以下の6つの課題が明らかになりました。

課題1:OKRの設定

「目標設定が効果的ではない」と回答したチームが約20%を占めました。また、OKR作成に課題を感じている人のうち、約4分の1が、OKRそのものの作成に困難を感じていることも分かりました。測定可能な目標が、実際のビジネスニーズに対応し、数値を良く見せるためだけの行動を助長しないように設定することが難しい(例:貢献数という指標は、多くの非常に小さなコミットを行い、生産性を損なう行動を助長する可能性がある)。」という意見や、「限られたデータと知識に基づく恣意的な目標設定。恣意的な目標に基づく優先順位付け。」という、そもそも適切な目標設定が困難であることを示唆する意見もありました。OKRの提唱者であるジョン・ドーア氏も、「優れた目標は、具体的かつ明確で、測定可能でなければならない」と述べており、この意見とも一致しています。

課題2:データの問題

データへのアクセスや、データを抽出・加工するためのパイプラインに関する問題は、他のどの課題よりも多くの回答者が指摘していました。一貫性のある信頼できるデータを取得すること。これには、Key Results (主要な結果)を設定し、追跡するためデータが必要である。」という意見や、「データを収集し、実用的なレポートを作成するために必要な多くの技術レイヤー。多くの異なる技術スタックに関する多くの知識を必要とする。」という意見がありました。さらに、GDPR (EU一般データ保護規則) に代表されるような、データの保存と処理方法に関する規制への対応も、課題の一つとして認識されていました。

課題3:他チームとの連携

多くのチームを抱える大規模な組織では、チーム間の連携に課題が生じやすいことが指摘されています。特に大企業では、部門間の壁が生じやすく、それがOKRを運用する上での課題につながりやすいことが、この調査結果から示唆されています。「マネージャーと、その上位の管理職である部長レベルで、実際に推進しようとしている成果について合意を得ることが難しい。これにより、定義されたOKRがわずかに異なり、各チームが特定した目標に固執するような、クロスチームプロジェクトに取り組むことがより困難になる。」という意見や、「私の観点からすると、すべてのチーム/組織がこれを異なる方法で行っている。OKR(ツールを含む)について、私たちが協力して、洗練された戦略を実際に持つことができれば、より効率的になるだろう。」という意見もあり、部門間、チーム間のコミュニケーション不足を示唆する意見もありました。

課題4:優先順位付け

OKRの最大のメリットは「優先順位に集中し、コミットすること」ですが、調査では優先順位付けに苦労していることがわかりました。「チームを目標に向かわせること。個人は必ずしも責任を負わされることを望んでいない。」という意見や、「特に、リーダー層が各チームのOKRプロセスに積極的に関与していない場合に困難である」と回答していました。」という意見もあり、責任の所在の曖昧さ、リーダーシップの関与不足が課題となっています。

課題5:整合性、説明責任、明確性、透明性

「自分の日常業務がより大きな目標とどのように結びついているかを知ること。追跡される可能性のあるものと、追跡方法を知ることで、自分の業務が報告されるようにすることができる。自分の業務を、追跡可能で追跡されているものに転換すること。」という意見や、「自分の目標がより大きな組織目標とどのように関連しているのか、また、状況の変化に応じて目標を修正する必要があるのかどうかについて、明確に理解できていない」といった意見も多く、組織内での目標の整合性と透明性の欠如が課題となっています。「目標設定プロセス全体が非常に漠然としており、まとまりがないように思える…私たちが目指している主要な成果は何だろうか?どのように成功を測定するのだろうか?」という意見や、「私の最大の悩みは、複数の組織にまたがる作業を必要とする顧客シナリオに対して、一貫した目標設定方法がないように思われることである。部分最適ではなく、全体最適を目指すべきであるという指摘もありました。」という意見もありました。

課題6:プロセスとツールの不足

OKRの重要な要素は、OKRがオープンで透明であることです。調査では、76%の人が必要時に他チームの目標を見つける方法を知らず、59%の人が他チームの目標を見たい、または見る必要があると回答しました。OKRを運用するための組織的なプロセスや、情報を一元管理するツールの不足も課題として認識されていました。

OKR導入における課題の構成比

本調査では、これら6つの課題の中で、特に「OKRの設定」と「データの問題」に関連する課題が、全体の50%以上を占めていることが分かりました。

OKRを成功させるための7つの解決策

これらの課題を踏まえ、本論文では、 OKRを成功させるための7つの解決策 を提示しています。

解決策1:データパイプラインへの投資

OKRフレームワークの重要な部分は、目標の設定と測定です。これにはデータへのアクセスが不可欠です。そのため、データ収集から分析までの一連のプロセス(データパイプライン)を整備し、データ駆動型の意思決定が可能な環境へ投資することが重要です。具体的には、利用しやすく、コンプライアンスにも準拠したデータパイプラインを構築することで、よりデータに基づいたOKRを実現し、フレームワーク全体の効果を高めることが期待できます。 具体的には、データ収集ツールの統一データへのアクセスポリシーの策定データ分析トレーニングの実施さらに、データ分析の専門チームを設置するなどの組織的な対応 などが考えられます。

解決策2:透明性の向上

他チームの目標と作業を理解していないことが、多くの課題につながっていました。OKRが透明に共有されれば、チームは他のチームが何に取り組んでいるかを理解し、自分たちの仕事を適切に調整することができます。また、自分たちの仕事がリーダーシップにとって重要であることを確認し、それぞれの仕事のポジションを把握することもできます。具体的には、全社員がアクセス可能な共有フォルダや、OKR専用の管理ツールなどを導入することが有効です。この調査結果を受け、同組織は、全部門を単一のOKR管理ツールに移行するプロジェクトを開始しています。

解決策3:コミュニケーションの改善

調査では、マネージャーは高レベルのアイデアをチームの作業に落とし込むことに効果的ではないと感じており、マネージャーが考える目標に関するコミュニケーションの頻度と、チームが実際に受け取っている頻度に大きな隔たりがあることがわかりました。具体的な施策としては、以下が挙げられます。

  • 経営層によるビデオメッセージなどを通じた、組織全体の目標とその背景に関する説明
  • 上長と部下による定期的な1on1ミーティングの実施
  • チームミーティングにおけるOKRの進捗共有
  • 組織全体の目標を明記したドキュメントの作成と周知

解決策4:学習コミュニティの促進

調査では、OKRの成熟度が高いチームが存在することがわかりました。また、より現代的なチームは、古い方法論を使用しているチームと協力することが難しいと感じていました。理想的には、強力なOKRプロセスを持つチームが、まだ導入初期段階のチームとペアを組むことです。彼らはチームがどのように機能するかを観察し、ベストプラクティスを共有し、新しいチームをガイドすることができます。また、各チームに「OKRチャンピオン」を任命し、OKR推進を担当させることも有効です。経験豊富なチャンピオンが、新しいチャンピオンの指導や育成を行うことで、組織全体へのOKRの浸透を加速させることができるでしょう。

解決策5:プロセスのガイド

調査対象となった部門は、マイクロソフト社内でも長い歴史を持ち、世界各地に拠点を置く、多様なチームによって構成されています。 各チームはこれまで、それぞれ独自の方法で、業務の計画、追跡、情報共有などを行っていました。一部のチームがOKRの使用を開始したのは、部門として正式に導入を決めたからではなく、一部のメンバーが個人的にOKRに触れ、その有用性を感じて、自身のチームに導入したことがきっかけでした。これらの調査結果は、OKR導入の成否は、導入時のプロセス設計が鍵を握っていることを示唆しています。OKRを効果的に機能させるためには、部門全体で統一された方法で運用すること、そして、専門家の主導による導入と、上記の解決策 を含む包括的な施策の実行が不可欠です。

解決策6:実験文化の醸成

調査では、創造性と実験文化は、OKRの成熟度とモダンな開発実践の両方と正の相関がありました。失敗は創造性のプロセスの一部であり、創造的なチームであるためには、失敗の余地が必要です。具体的な施策としては、失敗を許容し、前向きな挑戦を促す評価制度の導入、実験結果を組織全体で共有する仕組みの構築などが考えられます。

解決策7:中間管理職の役割の明確化とトレーニング

中間管理職は、エグゼクティブの高いレベルのアイデアや目標を、個人のための実行可能なプロジェクトに変換するために重要です。調査では、半数以上のマネージャーが、OKRを自分のチームのために実行可能な目標や指標に変換することにあまり効果的ではないと回答しました。これは、OKRを効果的に運用するためには、中間管理職の役割が極めて重要であることを示しています。具体的な施策としては、中間管理職を対象としたOKRの設計・運用に関するトレーニングの実施、およびガイドラインの作成が有効です。ガイドラインには、目標設定の具体的な手順、チームメンバーとの効果的なコミュニケーション方法、進捗管理のベストプラクティスなどを盛り込むことが肝要です。

結論:OKRは銀の弾丸ではない

OKRは、ソフトウェア開発チームに多くのメリットをもたらす可能性を秘めています。しかし、その導入には課題も多く、特に大規模な組織では注意が必要です。データへのアクセス、透明性の向上、コミュニケーションの改善、学習コミュニティの促進、プロセスのガイドなど、7つの解決策 を実行することで、OKRの成功率を高めることができるでしょう。これらの解決策は、調査対象となったマイクロソフト社内の部門だけでなく、これからOKRの導入を検討している、あるいは既に導入しているものの、運用上の課題を抱えている、あらゆるソフトウェア開発組織にとっても有用であると期待されます。

OKRの提唱者であるジョン・ドーア氏が述べているように、重要なのは、OKRは導入すればすぐに効果が出る「銀の弾丸」ではなく、継続的な努力と改善が必要な「規律」であるという認識を持つことです。ソフトウェア開発チームがOKRを効果的に活用するためには、組織全体で一貫して使用し、継続的に改善していくことが不可欠です。そのためには、経営層の強いコミットメント、現場レベルでの積極的な活用、そして、定期的な見直しと改善を継続的に実施していくことが不可欠です。


開発生産性やチームビルディングにお困りですか? 弊社のサービス は、開発チームが抱える課題を解決し、生産性と幸福度を向上させるための様々なソリューションを提供しています。ぜひお気軽にご相談ください!

参考資料: