Home

スター数で選ぶな!OSSの「サプライチェーンリスク」を見抜く新常識は、依存関係の更新速度にあり

公開日

img of スター数で選ぶな!OSSの「サプライチェーンリスク」を見抜く新常識は、依存関係の更新速度にあり
•••

現代のソフトウェア開発において、オープンソースソフトウェア(OSS)の選定は、そのまま「ソフトウェアサプライチェーン」の安全性に直結します。「GitHubのスター数が多いから」「脆弱性報告がないから」という理由だけでライブラリを導入することは、見えないリスクを抱え込むことになりかねません。

実は、最新の研究によって 「スター数とサプライチェーンの健全性には相関がない」 こと、そして 「脆弱性報告がないパッケージのリスクを予測する有効な指標」 が明らかになりました。

本記事では、2025年に発表された論文「How Quickly Do Development Teams Update Their Vulnerable Dependencies?」に基づき、データ不足の状況下でOSSのサプライチェーンリスクを評価するためのアプローチについて解説します。

99.9%のパッケージには「判断材料」がない

OSSの脆弱性管理において、重要な指標の一つに「平均修復時間(MTTR)」があります。しかし、これから導入しようとするパッケージの「依存関係」のリスクを評価する際、この指標は機能しないことがほとんどです。

最大の壁は、極めて深刻な 「データ不足」 です。 最新の調査によると、世界最大のパッケージレジストリであるnpmにおいて、外部から報告された既知の脆弱性を持つパッケージは、全327万件中わずか 1,363件(約0.04%) に過ぎないことが判明しました。PyPIでは0.11%、Cargoでは0.20%です。

つまり、残りの99.9%近くのパッケージは「過去に脆弱性報告がない」ため、従来の指標ではリスクを計算することすら不可能なのです。

「報告がない=安全」ではありません。サプライチェーンの末端にある依存ライブラリにいつ脆弱性が見つかるかは予測不能であり、その際に親パッケージが素早く対応してくれるかを判断する材料が必要です。

解決策:「依存関係の更新」は「脆弱性対応」の鏡である

研究チームはこの課題に対し、「普段のメンテナンス習慣」に着目しました。 「普段から依存ライブラリ(サプライチェーン)を最新に保っているプロジェクトは、万が一の脆弱性対応も早いはずだ」 という仮説です。

これを検証するために提案されたのが、以下の2つの指標です。

  1. MTTUdep (Mean-Time-To-Update dependency): 「依存関係の更新速度」。依存しているライブラリの新版が出てから、それを取り込むまでの平均時間。
  2. MTTRdep (Mean-Time-To-Remediate dependency): 「依存関係の脆弱性修復速度」。依存ライブラリに脆弱性が見つかった際、修正版を取り込むまでの平均時間。

これらは、パッケージ自身のコード更新ではなく、あくまで「外部から取り込んでいる部品(依存関係)」をどれだけ適切に管理しているかを測定するものです。

tLagと提案指標の概念図 図表1:既存の技術的負債(tLag = パッケージの特定のリリース時点における、依存関係の追従度)と新指標の概念。青色は更新が遅れている期間、赤色は脆弱な依存関係を抱えている期間を示す。

結論:完全ではないが、唯一の手がかりになる

npm、PyPI、Cargoの3大エコシステム、約16万3,000パッケージを対象とした大規模調査の結果、研究チームは慎重な結論を出しました。

「MTTUdep(更新速度)は、MTTRdep(修復速度)の『部分的な』代替指標になり得る」

統計分析の結果、両者には中程度の相関関係が確認されました。「更新が早いからといって必ずしも修正が早いとは限らない」ものの、脆弱性データが全く存在しない99.9%のケースにおいては、この「更新頻度」がリスクを予測するための数少ない有効な指標となります。

少なくとも、「普段の更新が遅いパッケージが、緊急時だけ素早く対応することは稀である」と判断するのは合理的でしょう。

解析で判明した「安全なOSS」の条件

では、具体的にどのような特徴を持つパッケージを選べば、サプライチェーンリスクを低減できるのでしょうか? 研究チームの分析から得られた知見は以下の通りです。

相関マトリックス 図表2:パッケージの特性と対応速度の相関ヒートマップ。色が濃いほど強い関連を示す。

1. スター数やフォーク数は「関係ない」

最も注意すべき事実は、 「スター数やフォーク数の多さは、依存関係の更新速度と統計的に有意な相関がない」 という点です。「人気がある=サプライチェーン管理もしっかりしている」という思い込みは捨ててください。人気ライブラリであっても、依存関係のバージョンが古いまま放置されているケースは散見されます。

2. 「リリース頻度(Version Count)」が重要

今回の分析で最も更新速度と関連が見られたのは「バージョンのリリース数」でした。頻繁にリリースを行っているプロジェクト(Version Countが多い)は、依存関係の更新(MTTUdep)も早い傾向があります。アクティブに活動しているかどうかが鍵です。

3. 「SourceRank」は信頼できる指標

Libraries.io が提供する品質スコア「SourceRank」(ドキュメントの充実度、ライセンス、更新頻度などを総合評価したもの)が高いパッケージは、更新速度が良い傾向にあります。これは、単なる人気ではなくプロジェクトの質を測る上で有効な指標です。

各エコシステムの現状:大半が管理不全

MTTUdepの分布 図表3:npm、PyPI、Cargoにおける依存関係更新遅延日数の分布。右に裾を引く形状は、多くのパッケージで更新が遅れていることを示す。

図表3が示すように、大多数のパッケージは依存関係の更新に長い時間を要しています(ロングテール分布)。Cargoは比較的コンパクトにまとまっていますが、npmは非常にばらつきが大きく、開発者が意図的に選定しなければ、サプライチェーン管理が放置されたパッケージを導入してしまう可能性が高い現状があります。

まとめ:ライブラリ選定におけるチェックポイント

脆弱性データが存在しないパッケージのリスクを評価する際、「依存関係の更新頻度」は、完全ではないものの、現在利用可能な「最善の代替指標」です。

サプライチェーンセキュリティを考慮したライブラリ選定の際は、以下の観点をチェックリストに加えてください。

  • リリース活動は活発か(Version Count)
    • 最終更新日が数年前ではないか、定期的に新しいバージョンがリリースされているかを確認します。活動の停滞は更新遅延の最大のリスク要因です。
  • 依存関係の更新プロセスが機能しているか
    • GitHubのプルリクエストなどを確認し、DependabotやRenovateなどによる依存ライブラリの更新が定期的にマージされているかを確認します。これが最も確実な「予測因子」です。
  • SourceRankなどの品質スコアは高いか
    • 単なる人気(スター数)ではなく、プロジェクトの管理品質を示す指標を参照します。

「脆弱性なし(No Data)」という表示に安堵せず、「データがないなら、普段の行い(更新習慣)を見る」。これこそが、不確実なOSSエコシステムで身を守るための現実的なアプローチです。


Webサービスや社内のセキュリティにお困りですか? 弊社のサービス は、開発チームが抱える課題を解決し、生産性と幸福度を向上させるための様々なソリューションを提供しています。ぜひお気軽にご相談ください!

参考資料:

Author: vonxai編集部

Google Scholarで開発生産性やチーム開発に関する論文を読むことが趣味の中の人が、面白かった論文やレポートを記事として紹介しています。