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VSMでソフトウェア開発を効率化!事例でわかる導入ステップと成功の秘訣

変化の速い開発現場の課題を解決するVSMとは?
ソフトウェア開発は、技術革新、顧客ニーズの多様化、市場競争の激化により、常に変化を求められています。従来のウォーターフォール型開発では、変化への対応が難しく、プロジェクトの遅延、品質低下、コスト増といった問題が頻発しがちでした。アジャイル開発やDevOpsといった手法も登場していますが、依然として多くの現場で課題が残っています。
本記事では、Saku Mäkinen氏の論文「Enhancing Software Development Through Value Stream Mapping - A Case Study」(2024年)を参考に、バリューストリームマッピング(VSM)という手法が、ソフトウェア開発の課題をどのように解決できるのかを、具体的な事例とともに解説します。VSMは製造業で生まれた手法ですが、ソフトウェア開発においても無駄をなくし、効率化を実現するための強力なツールとなります。
VSMの基本:価値の流れを可視化し、無駄を特定する
VSMとは、製品やサービスが顧客に届くまでの「価値の流れ(バリューストリーム)」を可視化し、分析する手法です。顧客の要求から、企画、設計、開発、テスト、リリース、そして運用・保守までの一連の流れを、図を使って分かりやすく表現します。
VSMの構成要素
VSMは、主に以下の要素で構成されます。
- 情報・モノの流れ:
- プロセスボックス: 開発プロセスの各工程(例: 要件定義、設計、コーディング、テスト)を表す四角形。
- 情報・モノのフロー: 各工程間の情報の流れ(例: 要件定義書、設計書、ソースコード、テスト結果)を矢印で表現。
- データボックス:
- 各プロセスボックスの下に配置し、その工程に関するデータ(サイクルタイム、バッチサイズ、チーム規模など)を記述。
- タイムライン:
- VSMの下部に配置し、全体のリードタイムと、各工程のリードタイム、実作業時間を視覚的に表現。
- その他の要素
- 顧客・サプライヤー: 価値の流れの開始点(顧客)と終了点(サプライヤー)を示す。ソフトウェア開発の文脈では、サプライヤーは外部の依存関係(他システム, APIなど)を示す場合もある。
VSMで使う主な指標
VSMでは、以下のような指標を用いて、プロセスの現状を把握し、問題を特定します。
- リードタイム (LT: Lead Time): ある工程の開始から終了までにかかる時間。待ち時間や手戻り時間も含む。
- 実作業時間 (PT: Process Time): ある工程で実際に作業が行われている時間。
- 手戻り率 (C&A率: Percent Complete and Accurate): ある工程で作成された成果物のうち、手戻りなく次の工程に進めることができる割合。
- その他:
- 作業者数: 各工程に関わる人数。
- 待ち行列: 各工程の前に発生しているタスクの待ち行列の長さ。
- 在庫: 仕掛品(未完了のタスク)の量。
VSMの作成ステップとワークショップの流れ
VSMは通常、関係者を集めたワークショップ形式で作成します。
VSMワークショップの流れ
- 準備:
- 主要関係者(ステークホルダー)を特定。
- VSMで扱う価値(顧客にとっての価値)を明確にする。
- 現状把握(カレントステートマップ作成):
- 各工程の作業内容、担当者、情報の流れを洗い出す。
- 各工程のリードタイム(LT)、実作業時間(PT)、手戻り率(C&A率)などのデータを収集。
- 無駄の特定:
- 現状のVSMを分析し、ボトルネック(流れを滞らせている箇所)や無駄(付加価値を生まない作業)を特定。
- 改善策検討・将来像策定(フューチャーステートマップ作成):
- 無駄を排除し、リードタイムを短縮するための改善策を検討。
- 改善策を反映した、将来の理想的なVSMを作成。
- 改善計画策定・実行:
- 具体的なアクションプランを作成し、実行。
- 定期的な効果測定と見直し。
VSMの目的は、単に現状を図示するだけでなく、無駄を特定し、排除することにあります。「無駄」には、手待ち時間、手戻り作業、過剰な在庫、不要な機能開発などが含まれます。これらを排除することで、リードタイム短縮、品質向上、コスト削減を実現できます。
事例紹介:グローバルIT企業における3つのVSMワークショップ
Mäkinen氏の論文では、フィンランドのグローバルIT企業で実施された、3つの異なるチームでのVSMワークショップ事例が紹介されています。
チーム1:新規プロジェクトの立ち上げをスムーズに
チーム1は、新規プロジェクトを担当しており、開発プロセスは未確立な状態でした。
チーム1の現状のVSM(カレントステートマップ)例
このVSMから、以下のような課題と改善策が明らかになりました。
- 課題:
- 開発とドキュメント作成のリードタイムが長い(LT 30日、PT 15日)。
- 開発チームと設計チームなど、部門間の連携不足。
- 手戻りが多い(C&A率が70%~90%)。
- 改善策:
- 設計者をスプリント計画の初期段階から参加させ、要件定義の精度を高める。
- 技術的な課題(インフラ、外部システム連携など)を早期に特定し、計画に織り込む。
- 開発とテスト間のフィードバックループを強化し、ドキュメントを充実させることで、手戻りを減らす。
チーム2:成熟プロジェクトのさらなる効率化を目指して
チーム2は、既に成熟したプロジェクトを担当し、安定した開発プロセスを持っていました。
チーム2の現状のVSM例
- 課題:
- 開発フェーズのリードタイムが長い(LT 14日)。
- 技術的な検討や見積もりに時間がかかっている(LT 10日以上)。
- 部門間のコミュニケーション不足。
- 技術的負債が蓄積している。
- 改善策:
- 技術リーダーを計画・見積もり段階から参加させ、技術的な問題を早期に解決する。
- UIデザインを実装開始時に固定し、手戻りを防ぐ。
- 技術的負債の返済を優先的に行うための時間を確保する。
チーム3:長寿プロジェクトの複雑なプロセスを整理
チーム3は、長期間運用されているプロジェクトを担当しており、プロセスが複雑化していました。
チーム3の現状のVSM例
- 課題:
- 全体のリードタイムが非常に長い(LT 579日)。
- 手戻りが非常に多い(C&A率が16.3%)。
- テストと統合に時間がかかりすぎている。
- 承認プロセスが遅い。
- 改善策:
- 顧客とのコミュニケーションをプロジェクトの初期段階から密に行い、要求を明確にする。
- 自動テストを導入し、テスト時間を短縮する。
- 承認プロセスを効率化する(例:年次レビューだけでなく、より頻繁な承認機会を設ける)。
3つの事例から学ぶ:VSM成功のポイント
これらの事例から、VSMを成功させるためのポイントが見えてきます。
- チーム全体の協力: 開発者、テスター、デザイナー、プロダクトオーナーなど、関係者全員が積極的に参加し、意見を出し合うことが重要です。
- 関係者の早期関与: 開発プロセスの初期段階から、関係者を巻き込むことで、問題の早期発見、手戻り防止につながります。
- 明確な目標設定: VSMワークショップの目的を明確にし、チーム全体で共有することで、議論が発散せず、効果的な改善策を生み出せます。
- 継続的な改善: VSMは一度きりの取り組みではありません。定期的にVSMを見直し、継続的にプロセスを改善していくことが重要です。
- 技術的負債の可視化: チーム2の事例のように、VSMは技術的負債を可視化する機会にもなります。
実践!ソフトウェア開発へのVSM導入ステップ
VSMをソフトウェア開発に導入する具体的な手順は以下の通りです。
- 準備:
- VSMの目的、対象範囲(どの製品/サービスの開発プロセスを対象とするか)を明確にする。
- VSMワークショップの参加メンバーを選定する(関係者全員を含める)。
- 事前に収集すべき情報を洗い出す(例:各工程のリードタイム、担当者、使用ツール、課題など)。可能であれば、予備調査を行う。
- カレントステートマップ(現状VSM)作成:
- ワークショップ形式で、現状の開発プロセスの流れを図示する。
- 各工程のLT、PT、C&A率などのデータを収集し、図に書き込む。
- ボトルネックや無駄を特定する(例:手待ち時間、手戻り作業、過剰なドキュメント作成など)。
- フューチャーステートマップ(理想VSM)作成:
- カレントステートマップを基に、理想的な開発プロセスの流れを検討する。
- ボトルネックを解消し、無駄を排除するための改善策を検討する(例:自動化、並行作業、コミュニケーション改善など)。
- 改善策を反映した新しいVSMを作成する。
- 改善計画策定:
- フューチャーステートマップを実現するための具体的なアクションプランを作成する。
- 各アクションの担当者、期限、目標(KPI)を設定する。
- 実行とモニタリング:
- 改善計画を実行し、定期的に進捗状況と効果を測定する。
- 必要に応じて計画を修正する。
- 定期的にVSMを見直し、継続的な改善を行う(例:アジャイル開発のスプリントレビューにVSMレビューを組み込む)。
失敗しないためのヒント:
- 小さく始める: 最初から完璧なVSMを目指すのではなく、まずは主要な工程に絞ってVSMを作成し、徐々に詳細化していく。
- 全員参加: チームメンバー全員の意見を尊重し、全員参加で取り組むことで、現場の課題や改善アイデアを引き出す。
- 定期的な見直し: ソフトウェア開発は常に変化するため、VSMも定期的に見直し、現状に合わせて更新する。
- ツール活用: VSM作成ツール(例:Miro、Lucidchart、draw.ioなど)を活用すると、効率的に作業を進められる。
まとめ:VSMで変化に強い開発チームへ
VSMは、ソフトウェア開発の「価値の流れ」を可視化し、ボトルネックや無駄を特定するための強力なツールです。事例で紹介したように、VSMを導入することで、リードタイム短縮、品質向上、コスト削減といった効果が期待できます。
VSMは、単なる「お絵かき」ではありません。チーム全体で現状を把握し、問題意識を共有し、改善策を考え、実行していくための、実践的なフレームワークです。変化の激しい現代のソフトウェア開発において、VSMは、競争優位性を確立し、変化に強い開発チームを作るための、強力な武器となるでしょう。
ぜひ、あなたのチームでもVSMの導入を検討し、より効率的で価値の高いソフトウェア開発を実現してください。
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参考資料: